先日、韓国のリトル野球チームがリトルリーグワールドシリーズでアメリカのシカゴ代表を破り韓国のチームとしては29年振りの優勝を果たしました。この快挙が韓国国内のアマチュア野球に与えた意義、そしてその裏に潜む課題を考えてみたいと思います。 実は韓国のリトルリーグの現状については以前の記事KTウィズ VS NYヤンキース――ある韓国人高校生の争奪戦でコメントして下さったaaakkkさんに対する返答で少し触れています。参照した韓国語記事のURLとともに以下に返答の一部を引用します。韓国では近年、空いた時間を利用して練習する場としてリトルのチームが活用されつつあり、「エリート小学校野球部」一辺倒の状況が変わりつつあります。
2006年まで韓国のリトルチームは、小学校の野球部よりも強くなろうと実力至上主義のもとで運営されていたようで、学業との両立を期待する保護者から反発を受け、結局リトルリーグは衰退してしまいました。そこで2007年、連盟の執行部がてこ入れをしてそういった現状を排し改革を起こしたそうです。結果、リトルチームの数は2007年の37チームが、2008年58チーム、2009年81チーム、2010年100チームと増えていきました(参考までに2014年に登録されている小学校野球部は101)。(補足:前回のコメントに書き忘れましたが今年リトルリーグのチーム数は156)参考記事:「[パク・トンヒの現場の中に]目の高さのリトル野球が始まる」(パク・トンヒコラム 2014年4月17日付/原文韓国語)
http://sports.news.naver.com/sports/index.nhn?category=kbo&ctg=news&mod=read&office_id=295&article_id=0000001180
韓国の場合、「エリート小学校野球部」では授業時間を削ってでも野球の練習時間を確保していたそうですが、それに置き換わる存在として文武両道を目指すリトルリーグの在り方が志向されたようです。 韓国でプロ野球選手(支配下登録の韓国人選手/新人除く)の平均年俸は1000万円程度。ドラフト上位で指名され多額の契約金を手に入れたり、FA権を行使して大型契約を結んだりした一部の選手を除くと、現役時代よりも長い引退後の残りの生活で苦労することは目に見えています。また、韓国は過度の学歴社会なので、一度ルートから外れると後々苦労することになるのがそれ以上に問題となります。そこで親の立場としては有名大学への進学と安定した生活への可能性を残しながら野球に取り組んで欲しいようです。従って少なくとも小学生程度までは、将来の方向性を狭めないように勉強との両立が可能な形で野球をさせたいということでしょう。 今回リトルリーグの代表チームが優勝したことは、韓国国内が「エリート小学校野球部」から勉強との両立が可能である(とされる)「リトルリーグ」に少年野球の中心が移りつつあることを象徴するできごとだと思います。優勝をきっかけにリトルリーグが注目されると、野球「だけ」に打ち込みたくはないが野球に関心がある少年たちが地域のリトルリーグへの参加を考え、少年野球の裾野拡大に繋がるのではないかと思います。今回の出来事最大の意義はそこにあるようです。では課題はないのでしょうか。パク・トンヒの別のコラムには韓国リトルリーグの歴史が整理されていますが、そこと現状をつきあわせてみることで何かわかるかもしれません。以下にコラムの一部を翻訳して引用します。一部と言ってもかなり長いので、細かい経緯にまで関心のない方は引用箇所を飛ばして読み進めて下さい。便宜上、冒頭に丸数字を付していますが、原文にはありません。①韓国球界にリトル野球が最初に導入されたのは1970年だった。1969年リトルリーグワールドシリーズで優勝した台湾の金龍チームが親善試合をするため、1970年8月に来韓したのがきっかけだった。当時まで国内野球界で「リトル野球」は聞き慣れない言葉であり、多くの野球人は金龍を「国民学校(=現在の小学校に相当―訳者註)代表」ぐらいに認識した。それだけの理由があった。リトル野球のようにクラブの運動部を中心に学生の運動が活性化した米国、台湾と違って、1970年まで韓国は日本の影響を受けたため、学校の運動部を中心に学生の運動が盛んだった。<中略>②いずれにせよ、金龍が来韓して大韓野球協会はと金龍と立ち向かう国内選抜チームを組織しなければならなかったが、このチームがまさに韓国野球史上最初の国外チーム相手の国民学校代表チームである「ソウル選抜チーム」だった。③<要約:1970年9月にリトルリーグが創設されるが、全国16の小学校野球部を引き入れたため力を失った軟式野球協会が大韓野球連盟に吸収、1972年に大韓野球連盟のもとで国民学校野球連盟が発足するとリトルリーグはそれに統合され、事実上大韓野球協会に統合されることになった>④韓国のリトル野球代表チームが初めて世界の舞台に挑戦状を出したのは1972年だった。その年全国国民学校野球連盟が世界リトル野球連盟の会員になって、大韓野球協会は世界リトル野球大会参加を積極的に推進した。このため、協会はソウル地域の国民学校生と中学校1年生の中で特出した実力を誇る少年たちを集めてチームを組織したが、名実共に韓国初のリトル野球代表チームが誕生する瞬間だった。⑤<要約:リトルリーグが統合された経緯から当時、韓国には実質リトル野球がなかったため、リトルの地域リーグも存在する筈がなかった。大会規定上「地域リーグ」代表が参加しなければならないので、ソウル地域の国民学校を中心にチームを構成せざるをえなかったが、ソウル市だけでは優れた生徒が足りず、仁川・京畿地域の優れた生徒を韓国師範大学附属国民学校に転校させて補った>⑥<要約:1981年のジャイアントリトル野球団創設を皮切りに30チームが創設されたらしく、1982年にはリトル野球の大会も開催されたが、1983年にリトル野球は大韓野球協会からソウル市野球協会に移管された>⑦表面的にリトル野球がソウル市野球協会に所属に入っていったのは「よかったこと」だった。1983年ソウル市野球協会に所属したリトル野球は翌年世界リトル野球大会で史上初の優勝トロフィーを抱き、1985年にもやはり優勝を占めた。しかし当時の世界大会2連覇を記憶している彼らは「それはソウル市野球協会とリトル野球界とは別に関係のない優勝だった」と言い、「世界大会の出場選手の大部分は大韓野球協会がソウル地域の国民学校・中学校野球部から選んだ子供だった」と証言した。⑧<要約:ソウル市野球協会の財政難によってリトルリーグが衰退、この状況を克服するため1990年に韓国リトル野球連盟が創設される。しかし徐々に人気を失いつつあったリトル野球は2002年のサッカーワールドカップにとどめを刺され、2006年にはリトルのチームは20余りまで減少した>⑨<要約:ケーブルスポーツチャンネルでリトル野球の大会の放送が開始され、リトル野球協会が収入を得るとともに、中継を視聴した少年たちが入団し始める。1つの市や郡、区(ソウル特別市や各広域市の場合)につき1リトルリームという原則を打ち立てチームの乱立を防ぎながら自治体からの支援を受け易くし、2014年現在156のリトルチームと32のリトルジュニアチームが創設される。華城にリトル用野球場6面などからなるリトル野球タウンを造成する協約が締結されるなどリトル野球の環境が改善されつつある>⑩<要約:KBO関係者によるリトル野球運営のサポートが2006年以降のリトル野球再興を可能にした>引用記事:「[パク・トンヒの野球踏査『捨てられた外人部隊』韓国リトル野球](パク・トンヒコラム 2014年7月16日付)
http://sports.news.naver.com/sports/index.nhn?category=kbo&ctg=news&mod=read&office_id=295&article_id=0000001221
以上長くなりましたが、⑤で書かれている、29年前と30年前の連覇はソウル市の国民学校(=小学校)と中学校1年生の選抜チームであり、実質的にはリトルリーグ代表ではなかったことがひとつのポイントとなりそうです。パク・トンヒが「エリート小学校野球部」との対比として長々とリトルリーグの歴史を述べているのは、リトルリーグの発展が少年野球の裾野拡大に必要不可欠だと考えているためだと考えられ、実際にその考えの通りではないかと思います。先に述べた意義はこのパク・トンヒの考えに従って評価したものです。(ちなみに日本の少年野球に対するパク・トンヒの認識がどこまで正確かは今回は考察の対象外です。) ただこれにはパク・トンヒ自身が1つ目のコラムでも取り上げているように問題があって、インフラが整えられつつある現在でもリトルシニアのチームは31チームのみ、中学校野球部も97チームしかありません。つまりリトルで活動して自信をつけた生徒が、それ以降も競技として野球を続けて上のステップを目指したいという場合に、それ以降の受け皿が不足している状態です。その原因はリトル野球専用球場が国内に7つしかないなどインフラが現在でもまだ十分でないことにあります。 インフラ不足は小学校低学年など低年齢で野球を始めたい生徒にも影響を与えています。年齢を区切っての大会が難しく競技の楽しみを覚える機会が少なくなることが問題で、パク・トンヒは日米のように年齢制限で大会を細分化して生徒それぞれの「目の高さ」にあった運営ができるようになることを今後の課題として挙げています。今回のリトルリーグワールドシリーズによってリトルリーグに注目が集まり、少年の競技者数が増える可能性があるからこそ、解決が急がれます。 この他、今後リトルリーグが、パク・トンヒが否定的に見る「エリート小学校野球部」化していくのではないかという不安もあります。今後インフラの整備が進んで平均的な競技力が向上していくでしょうし、そのため他のチームとの差別化を図ろうとして練習の在り方が変わってくることも避けられないでしょう。それ自体は極端で無ければ問題にならないと思います。ところが韓国社会が全体として過度の競争社会という現状まで考慮すると、それがリトルリーグにも影響を及ぼす恐れはあると思います。すると、社会的競争の前提にはステータスとしての学歴が必要だと考える親は、幼少期に将来の選択を狭めてしまうことを嫌がってリトルに子どもを入れたがらなくなるかもしれません。パク・トンヒが2つ目のコラムで挙げたようなリトルリーグの発展と衰退の繰り返しが再び起こるのではないでしょうか。 「エリート小学校野球部」化していく不安を私に感じさせるのは、今回の「ソウル市代表」の構成です。参考記事:「[パク・トンヒのリトルワールドシリーズ]韓国の少年たち、世界を驚かせている」(パク・トンヒコラム 2014年8月21日付/原文韓国語)
http://sports.news.naver.com/sports/index.nhn?category=kbo&ctg=news&mod=read&office_id=295&article_id=0000001238
この記事には今回の「ソウル市代表」選手たちの一言コメントと所属が書かれています。そして所属には中学校名(誤解のないように書いておくと4月30日の時点で9~12歳なら出場できるのでその条件を満たせば中学生1年生でも出場可)だけでなく○○リトルという所属のリトルチームの名前が書かれています。つまり今回の「ソウル市代表」は単一のリトルチームではなく「ソウル市選抜チーム」だったということになります。東大門リトルから2人選出している以外は各リトル生徒1名ずつなので、各リトルに満遍なく世界大会を経験させる意図があるのかもしれませんが…。1区最大1チームなのでソウル全てでも23チームしかないため、強くないリトルから選出するとむしろ戦力が低下する可能性も一応否定はできませんが…。 ちなみに富平(プピョン)と南洞(ナムドン)はソウル市ですらなく隣の仁川(インチョン)市の区の名前なんですよね。これってやっていることはソウル市内の国民学校・中学校から選手を選抜して出場させた前回の連覇と大して違いがないのではないかと思ってしまいます。ソウルとインチョンを足すと東京都くらいの人口になってしまうので、日本だと東京都選抜チームが出場しているようなものじゃないかと。それで過去の歴史が繰り返される恐れがあると思った訳です。競技人口から選手層を考えると勝つためには妥当な判断なのかもしれませんが。 冗長になったので整理すると、意義は、優勝により大きな話題になったので、リトルリーグに向けられる視線が変わり少年野球の裾野が拡大する可能性があることです。 一方で課題は、注目と期待から生まれる裾野拡大に対応できるだけのインフラがまだ十分に整理されているとは言えないことです。そしてもうひとつ、注目と期待が過度の競争を生みだし、結果的に幅広い参加が敬遠されるようになってしまう恐れがあることです。 韓国メディアは日本を2度破りアメリカのシカゴ代表にも勝って優勝したことを予想外の快挙のように報じていますが、私はそれほど意外なことではないと思います。U-18などもっと上のカテゴリーでは韓国代表は優勝経験もある強豪国の1つであり、今回のように選抜チーム(国家選抜ではありませんが)で挑んでいたら今回たとえ無理だったとしても近い将来優勝していたと思います。 私は他の国がどのように代表を出しているのかわからないので、もしかしたらその自治体の選抜チームで出場している国もあるのかもしれませんが、もし仮にそうであったとしても次回から韓国は単一チームで臨んで欲しいと思います。韓国プロ野球は来年から1軍が10球団となることから選手の平均的な質の低下が危惧されています。国内リーグの水準を維持するためには今以上の選手層の厚さが不可欠なので、単一のリトルチーム(=ソウルの場合、実質的に区の代表)でも世界の強豪と渡り合えるくらいに、少年野球の裾野が広がってくれることを願います。 ところで今回、私が調べた範囲でNAVERの検索に引っかかるニュースのうち、東京の北砂リトルの名前をきちんと表記していたのはパク・トンヒだけで(기타스나じゃなくて기타쓰나になっていましたが)、後は日本としか言っていないものばかりでした(シカゴ代表はチーム名表記のあるメディアあり)。日本やアメリカは選抜チームではなく単一チームであったことにも触れておかないと、読者が大会優勝の意義と課題を見誤る危険性があります(単に「北砂」の発音がわからなかったのでハングル表記できず記事に入れなかっただけというオチがあっても驚きませんが)。 国民学校や中学校の部活からリトルリーグに変わったとはいえ、選抜チームであることは違いがありません。そういう意味で今回の優勝はゴールではなく再スタートでしかありません。韓国が単一チームによって制覇できるのは近々来るのか、それより前にリトルリーグの在り方が悪い方向に変わってしまうのか。いずれにせよ、今回の出来事が与える影響は大きくなりそうです。追記:韓国の出場チームはソウル圏域(仁川含む)選抜チームと京畿・南部圏域(=ソウル・仁川以外)選抜チームで代表決定戦をして決めたそうです。また、国内7地域に支部は設けているが、大会は支部別には運営せず、通常全国単一リーグ(実質的にトーナメント)で行っているそうです。参考記事:「[パク・トンヒのリトルワールドシリーズ]運命のリトル野球日韓戦が開かれる」(パク・トンヒコラム 2014年8月20日付/原文韓国語)
http://sports.news.naver.com/sports/index.nhn?category=kbo&ctg=news&mod=read&office_id=295&article_id=0000001237
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