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Channel: 野球:海外/独立リーグ
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マニー・ラミレス(高知ファイティングドッグス)写真館

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先週、四国アイランドリーグplus前期最終戦を迎えたラミー・ラミレス(元レッドソックス)。 5打数3安打と大暴れした最終戦のコメントとともに、写真を公開いたします。「チームのみんなには世話になって非常に感謝している」「高知はまるで自分の家のようだった」(ホームランを打った打席について)「いい球を待っていた。有終の美を飾れて、みなさんや神様に感謝している」(今後について)「まずはアメリカに帰って家族とも話し合って決めたい。できれば帰ってきたいと思っている。アメリカでも頑張ってトレーニングはしたい」(NPBでのプレーについて)「2013年からしばらくプレーしていなかったが、やるからには少しでも上のレベルでしたい。バッティングの感覚については、一度やめてしまったものを取り戻すのは難しいが、年齢的なものを含めて、少しづつ良くなっていくと思ってがんばりたい」(印象に残った試合)今日(の最終戦)。いい形で終われたので。(高知球団について)いいチーム。チャンスを与えてくれたことに感謝している。反対にこれから何かできることはあると思う。(四国での2か月について)満足している。子どもの頃から野球をしてきて、血がそう(プレー継続)させている。そういう点で、ユニフォームを着れたことは満足できた。

「ラテンアメリカシリーズ」にアルゼンチン、チリ、キュラソーのチームが参戦へ

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中南米の冬季リーグの王者が集う「ラテンアメリカシリーズ」という大会に、アルゼンチン、キュラソー、チリのチームが参戦するというニュースが入って来ました!ソース:Argentina, Chile y Curazao jugarán la Serie Latinoamericana de béisbol 2018 http://www.habladeportes.co/argentina-chile-y-curazao-jugaran-la-serie-latinoamericana-de-beisbol-2018/ そもそも、「ラテンアメリカシリーズ」という大会は何ぞや?という説明からしておきましょうか。中南米のウインターリーグにはカリビアンシリーズという有名な大会がありますよね。メキシコ、プエルトリコ、ベネズエラ、ドミニカの冬季リーグのチャンピオンが補強選手も加えて各国リーグの代表として戦いチャンピオンを決める大会です。近年はキューバも出場するようになり、2017年大会ではプエルトリコが22年ぶりの優勝を飾って話題になりました。「ラテンアメリカシリーズ」はこのカリビアンシリーズに出場している国以外の中南米のリーグの王者が戦う大会になります。 2013年にスタートし、今年のWBCで健闘を見せたコロンビアや、野球どころで知られるパナマ、ニカラグア。そしてメキシコのカリビアンシリーズに出ているほうではないもう一つのリーグ(Liga Invernal Veracruzana)の4カ国の王者が出場します。一言で言うならば「第二のカリビアンシリーズ」というわけです。このラテンアメリカシリーズが新しい国、地域に門戸を広げることになったらしい。アルゼンチン、チリ、キュラソーの3カ国。カリビアンシリーズやラテンメリカシリーズに出場している国は、いずれもメジャーリーガーを多く輩出し、国内の野球でもプロリーグが成立するほど野球がしっかり定着している国です。キュラソーはともかく、チリやアルゼンチンにまで門戸を広げるとは驚きですよね。それだけ、この大会をより発展させより意義深いものにしていく道を模索しているのでしょう。キュラソーはご存知の通り、オランダ王国に属するカリブ海の島です。列挙のいとまがないくらいたくさんのスーパースターを輩出してきた島ですが、国内リーグの印象は薄い。多くの選手はアメリカでプレーし、リリースされた選手はオランダの本国でプレーするイメージです。オランダ代表とは別にキュラソーが単体でナショナルチームを組むこともありますし、リーグがあること自体は知っていますが、正直あまり詳しく分かりません。チリは新規参加勢の中でも一段とレベルが落ちます。マイナーリーグと契約した選手を輩出したこともありません。アルゼンチンよりずっと落ちると思います。140キロくらい出すらしいオッサンドンという投手がいて、彼がフランスリーグにいったことがあったのですが、トップレベルがそんな感じです。ただ、クラブチームによる国内リーグは細々と行われていて、南米選手権にも欠かさず出場してくる印象ですね。アルゼンチンはこの中では最も期待値が高い。「WBC不参加の中では最強」と謳われており(というより僕が言っている)、90マイル以上の速球を投げてMLBのチームと契約した選手も多数。昨年行われたU23ワールドカップでは日本から先制点も奪う健闘を見せました。代表チームは中国代表と同等かそれ以上のものがあります。国内リーグは首都のブエノスアイレスで行われているリーグの他、サルタなど他の地域にもローカルリーグがありますね。記事によるとエルサルバドルやブラジルといった国も興味を持っているようで、どんどん輪を広げてカリビアンシリーズにはない発展を目指していくみたい。中南米は野球が盛んではない国でも、そこそこの規模と水準を持ったところが多い。アルゼンチンやエルサルバドルはその代表格でしょうか。ただ、ヨーロッパやアフリカといった新興地域と比べるとあまりフォーカスされることが少ないんですよね。欧州の上位チームよりもレベルや下地はは整っている印象なのですが、WBC予選にも呼ばれない。ラテンアメリカシリーズが門戸を広げることによって、「中南米の野球マイナー国」の発展に繋がっていくことに期待したいと思います。

BCリーグ公式戦 富山サンダーバーズ対武蔵ヒートベアーズを見に行ってきました

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 本日埼玉県の越谷市民球場で行われたBCリーグの富山サンダーバーズ対武蔵ヒートベアーズの公式戦を見に行ってきました。 越谷は東京都内で働く人々のベッドタウン的な街でもありますから、横浜からでもさほど遠くありません。僕の会社の取引先もチラホラ点在していて時々行く用事があるものですから、「遠出をする」という感覚が全く無く、ふらりと行ってきました。 BCリーグは北陸や信越地方から産声を上げた独立リーグですので、どうしても「遠い」というイメージを抱きがちですが、埼玉県を地盤とする武蔵ヒートベアーズはここ越谷や大宮でも試合を行いますので、決して遠くのチームではありません。 したがって、東京神奈川千葉埼玉あたりに在住の野球ファンの方々がBCリーグの試合を見に行きたいと思ったならば、その入門編として、とても良い環境にあると言えるのではないでしょうか。 さて、富山サンダーバーズといえば、元ベイスターズの秦裕二さんがコーチを務めているチームであります。 昨年まで選手兼任コーチだったのですが、現役でいる間に見に行くことは出来ませんでした。しかしながら、こうして元気にされているのを見て、僕は嬉しく思いました。 両チームのスタメンはご覧の通りです。武蔵の2番を打つのは元ロッテの角晃多選手で、富山の5番を打つ長江選手は昨年まで巨人の育成選手としてプレーしていました。 今日はNPBの試合で書くような細々とした感想ではなく、選手についてはピッチャーのみ目についた人を数名取り上げて、あとは大まかな感想に触れていきたいと思います。 まず武蔵の村田選手について。恐らく村田選手を見に来たと思われるスカウト陣が二組おられました。どの球団かはわかりませんでしたが、スピードガンとスコアブックとノートをしっかり用意されていましたよ。 20170610 BCリーグ、武蔵ヒートベアーズ村田陽春投手のピッチング https://www.youtube.com/watch?v=2_pGSjn9SHA&t=23s  試合序盤はコントロール重視変化球主体で、4回位から球速を上げてきた感じがしました。変化球主体で投げていた頃はコントロールも良くストライクをバンバン取れていましたが、速球を多く投げ始めるとコントロールにばらつきが出て、デッドボールやフォアボールで押し出しをしてしまったりもしました。7回にはMLBでプレーした実績を持つペゲロ選手にレフト場外まで飛んで行く特大ホームランを浴びてしまいました。 この球場にはスピードガンがないので球速はわかりませんが、僕の体感的には140キロ台中盤という感じに見えました。 今年のNPBのドラフトで指名される可能性が高い選手として注目を集めているそうですが、今日はいまいち調子が芳しくなかったという事でしょうか。それでも悪いなりに3失点ですから見どころのあるピッチャーなのだと思います。 富山サンダーバーズの先発は神奈川県出身の大井選手です。なかなかダイナミックなフォームのピッチャーですが、セットポジションでもフォームが大きいので、ランナーには走られやすかったかもしれません。 20170610 BCリーグ、富山サンダーバーズ大井投手のピッチング https://www.youtube.com/watch?v=ySYjPxC_dMw  武蔵ヒートベアーズは9回表から町田選手をリリーフ登板させました。この町田選手は以前群馬ダイヤモンドペガサスに所属していて、僕が初めて見に行ったBCリーグの試合である2015年の開幕戦で先発ピッチャーを務めた人でもあります。 独立リーグの選手は移籍が多いのでそれ自体は特になんとも思いませんが、2年前に開幕投手を任されたほどの選手が、どうして1点ビハインドの9回にリリーフで出て来る状況になったのか、ちょっと寂しいものを感じました。 あいにく動画は撮ってきませんでしたが、コンパクトなフォームでコントロールも良く、もっと良い場面で起用されても全く不思議ではないと思いましたよ。 富山サンダーバーズは7回に左腕の竹林選手が登場です。この選手はサイドスローで、リリースポイントが普通のサイドスローよりもさらに低い位置から投げてくる変則的なフォームです。アンダースローとまでは言えませんが、巨人の森福選手のようだと思いました。球速もそこそこあって、体感的には140キロくらいに見えました。 こちらも動画は撮ってきませんでしたが、なかなか面白い選手だと思いました。 さらに富山サンダーバーズは8回からアーレット・マバレ選手を投入してきました。こちらはアメリカで3Aまで昇格した実績のあるピッチャーで、球が非常に速く、そして速球でも変化球でもしっかりとストライクが取れる、実に実戦的なピッチャーだと感服しました。 20170610 富山サンダーバーズ、アーレット・マバレ投手のピッチング https://www.youtube.com/watch?v=Rkd_oji8Pio&t=106s  この選手はNPB球団から目をつけられても全く不思議ではないと思いますね。リリーフでお困りのチームの皆様、いかがでしょうか。 1点リードで9回を迎えた富山サンダーバーズは、抑えピッチャーとしてオナシス・シレット選手を投入しました。 20170610 富山サンダーバーズ、オナシス・シレット投手のピッチング https://www.youtube.com/watch?v=1PXQFGHnujE&t=6s  こちらは広島カープのドミニカのアカデミーでキャリアをスタートさせ、四国アイランドリーグからBCの富山サンダーバーズへ移ってきた、なかなか珍しい経歴の選手ではないでしょうか。前の回に投げたのが3Aまで上がった選手でしたので1ランクも2ランクも落ちるのではと高をくくっていたのですが、意外や意外、こちらも球速が非常に速く、コントロールも決して悪くありませんでした。 ただ、ピッチングフォームのバランスが悪いので、ピッチャーライナーや強めのゴロが飛んできた時に上手にさばけるだろうかという心配は感じました。 という具合にピッチャーについてつらつら書いてみました。 BCリーグは最近コンスタントにNPBに選手を送り込んでいますが、その大半はピッチャーです。中日の三ツ間選手や巨人の長谷川選手のように育成で入って支配下登録を勝ち取った選手もいますし、ロッテの安江選手やベイスターズの笠井選手のように、支配下登録もさほど遠くないだろうという選手もいます。 ですからピッチャーは興味が持てるのですが、野手に関しては非常に厳しい現状があります。ベイスターズに入団したシリアコ選手(石川)やオリックスの育成選手になったジョージ選手(新潟)のように外国人選手の実績は少しづつ積み上がっているのですが、日本人ではヤクルトに入団した大村選手がファームの主砲格として扱われているくらいで、なかなか芳しい成果が出ていません。                ■ BCリーグの試合を見に行くようになった2015年から常々思っている事ですが、BCリーグの野手はおしなべて身体が細いです。 ピッチャーは細くてもなんとかなるのですが、野手はピッチャーが投げた球を打ち返す時であるとか、守備で苦しい体勢から送球する時に、必ずパワーが求められます。だから細い選手はまず生き残れません。 選手が体を大きくするためには、食事をたくさん摂ること、そしてウエイトトレーニングをやる事です。 この2つにかけるお金がBCリーグの選手には無いから、だからみんな苦労しているのではないかと、僕は見ています。 ですからこれは構造的な問題として、リーグ全体でなんとか考えてあげられないものでしょうか。 BCリーグが主体となってヘルシーなメニューをウリとした食堂チェーン店を作って展開し、選手はいつもそこで食事を摂るようにするとか、いかがでしょうか。ファンもそこで食事をすれば、売上でBCリーグに貢献できますし、そもそもヘルシーメニューが世の中のニーズの高い分野なので、需要もあるのではと思います。 そこまで大掛かりには出来ないならば、リーグ全体のメインスポンサーになっているルートインホテルズで食事を作ってもらって、そこで食べるようにしてはどうでしょうか。原材料費は支払いますからどうかお願いします!の泣きの一手でいかがでしょうか。 ウエイトトレーニングについては、スポーツジムの利用客が少ない平日の午前中になんとか使わせて貰えるようにお願いするとか、もしくはありあわせの道具で自作するとかして、工夫しなければなりません。 選手を見ればわかりますが、圧倒的に不足しています。 一つ付け加えますと、今日の試合でベンチ外の選手とおぼしき人達がバックネット裏でスコアをつけたりビデオを撮ったりしている様子を観察していたのですが、コカコーラを飲んでいる人が居ました。 重箱の隅をつつくようで心苦しいですが、コカコーラは砂糖水ですから、アスリートにはふさわしくないと思います。 とにかくそうやって、基礎から固めていく必要があると僕は思います。               ■ BCリーグは素晴らしいと心の底から思っています。 ただ、今のままではいけない所が、選手の育成面を取っても、経営面を取っても、少なくないと思います。 選手も首脳陣も経営陣もボランティアの方々も、そしてファンの皆様も、毎日毎日非常に苦しい中で頑張っておられる事と思います。 だからこそ、その苦労が報われて欲しいですし、もっと多くの方にこの素晴らしさを知ってもらいたいと思います。 これからも、なるべく見に行く回数を増やしていきたいと思います。以上

拡大するベースボールのネットワーク―2015年世界プロ野球の国別ロースターから 5.夏季リーグにみる野球選手の国際移動:東アジア

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東アジア諸国:日米への労働力貯水池 東アジアには日本以外に、韓国(KBO)、台湾(CPBL)、中国(CBL)にプロリーグが存在している。韓国では1982年、台湾では1990年にプロリーグが発足したが、それ以前は両国のトップ選手の多くが日本の野球界に渡っていた。プロリーグ発足後、そのような選手の多くは母国へ帰り、草創期のプロリーグを支えている。これと同時に、プロにふさわしいプレーレベルを保つため、日本のプロ野球からも多くの選手が両国に渡った。 その後、両国のプロ野球が発展を遂げ、プレーレベルも向上していくと、トップ選手がNPBへ上昇移動を行うようになった。1996年にはKBOから「無等山爆撃機」と称されたソン・ドンヨル投手が、2000年には台湾大聯盟(TML)からシュ・ミンチェ投手がNPBに移動している。その後もこの動きは続き、両リーグはNPBへの選手供給源のごとき存在になり現在に至っているが、そのことはNPBに4人ずつ両国出身者が在籍していることから理解できる。 両リーグの外国人選手の在籍状況をみてみよう。両リーグには日本のNPBのそれより厳しい外国人選手枠が設けられているため、その数は決して多くはない。KBOの2.8%(30/1052)、CPBLの6.4%(12/198)というファーム選手を含む全選手中の外国人選手の割合は、2008年時点(KBO3.0%、CPBL6.9%)と大きくは変わっていない。この数字は、グローバル化が進展し、アスリートの国際移動が増加する中、両国のプロ野球がいまだその閉鎖性を維持していると考えることができる。 その内訳に目を向けると、前回調査においてもともに外国人選手中の北米からの選手の移動の割合が半数以上と高かったが、その傾向は今回調査においてともに8割以上とより顕著になっていた。このことは、メジャー未満の北米人選手にとって、両リーグがNPBに次ぐ「稼ぎ場」になっていることを示す一方、前回調査から数字を落としたラテンアメリカの選手にとって以前ほどの魅力がこの両国にはなくなったことを示唆させるものでもある。近年中南米のウィンターリーグでは、経済力のあるメキシコ、ベネズエラへの選手移動欲が高まっていることを多くの選手が述べていることを裏づけるように、ここ10年のカリビアンシリーズでは、従来その強さを見せつけていたドミニカの優勝が減り、メキシコの優勝回数が増えている。従来、ラテンアメリカの選手の国際移動は、メキシコ→台湾→韓国→日本→メジャーというパターンを示していたが、そのパターンにも若干の変化がみられるようだ。 サンプル数が少なく、決定的なことは言えないが、今回の調査からは、メキシコの夏季リーグ、メキシカンリーグの選手報酬が上がったため、韓国、台湾にかわり、メキシコが目的地となってきている可能性が浮かんでくる。但し、KBOについて言うとこの2015年シーズンにサムソン・ライオンズで48本塁打を記録したヤマイコ・ナバーロが、翌シーズンにはNPBの千葉ロッテに、調査前の2014年にはやはりサムソンで13勝4敗と獅子奮迅の活躍をしたオランダ人投手、リック・バンデンハークが翌年には福岡ソフトバンクに、それぞれ移籍したように、いまだKBOからNPBへの引き抜きが行われていることから、両リーグの垂直な関係は維持されてはいるものの、近年は、外国人選手の報酬に関しては両リーグの間に大差はなくなっているとも聞く。それを考えると、KBOの移動先としての魅力は依然として減じられることはなく、この年のラテンアメリカ諸国からKBOへの移動の少なさは偶発的なものであったと考えることも可能である。 中国に目を向けてみよう。この国の「プロリーグ」、CBLだが、2008年に自国開催された北京五輪に向けて2002年に国内リーグの強豪を「プロ化」したとされていたが、その実際は、選手の待遇自体は、そもそも社会主義国家とあって、中国における各競技の各省レベルのトップアスリートは、「公務員」として競技に対して給与を得ており、CBLの選手もその点は「プロ化」前後で基本的には変わっておらず、CBL自体も五輪後、リーグ戦の縮小・休止などを経験し、現在においては、自らのリーグを「プロ未満」として「プロリーグ」を名乗ることを半ばやめている。そのためか、2015年シーズンはリーグのホームページも閉鎖されており、選手のロースターを調査することはできなかった。このリーグは発足後数年間はプレーレベル向上のため、外国人選手を数名採用していたが、前回調査時の2008年には外国人選手はいなかった。低報酬と短い開催期間もあり、スポーツ労働移動の観点からも、中国は野球選手にとって決して魅力的な移動先ではなく、そのことも考えると、このシーズンもCBLには外国人選手はいなかったと考えられる。 世界規模のパワーハウスである北米のMLBと日本のNPBともに北京五輪前は、中国を将来的な選手貯水池として可能性を見出していたが,それも今は下火になっている。現在は、NPBについては、2010年までは、無錫を本拠とする江蘇ホープスターズ(現ペガサス)に千葉ロッテ球団が指導者を派遣するなどしていたが、それも中断し、現在は、中国との関係を発展させようという動きはない。逆にMLBは、その無錫に2009年に開設された育成センターでの選手発掘を継続し、今回の調査を行った2015年には、MLBアカデミー出身のシュ・グイユエンがボルチモア・オリオールズとマイナー契約を結ぶなど、中国の選手供給地としての可能性を模索し続けている。

横浜、ロッテでプレーしたホセ・カスティーヨがイタリアリーグのパルマに加入!

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横浜ベイスターズ、統一ライオンズでもプレーした元メジャーリーガー、ホセ・カスティーヨがイタリアリーグのパルマに加入! 去年はメキシカンリーグでプレーしてましたね pic.twitter.com/UO7YhZLsui— 世界の野球 (@sekainoyakyu) 2017年6月13日というニュースが入って来ました。このツイートの時点ではすっかり忘れてましたが千葉ロッテにも在籍してましたよね。 NPBでのプレーも印象深いですが、メジャーでもパイレーツでしっかりレギュラーとして活躍してた印象のあるカスティーヨ。それだけに09年に台湾プロ野球の統一ライオンズと契約した時は、驚きを持って受け止めた印象があります。台湾ではアクロバティックな守備を連発していました。そして、2010年からご存知のように横浜でプレー。ロッテを退団し2012年以降は中南米のベテラン選手ご用達のメキシカンリーグでプレーしていました。メキシコではさすがと言っていい数字を残し続けていましたが、2016年シーズンは今一つ数字が上がりきらず。ベテランと言うことに加えて、メキシコは選手の入れ替わりが激しく流動的。ベネズエラWLでは好調だったあたりからしてもまだまだメキシコでプレーできる力はあるように思いますが、今シーズンはここまでフリーエージェントのままでした。パルマはイタリア野球における名門であり古豪でもあるんですが、資金的な問題もあってここ数年は低迷。ただ、今年は戦力的にも全盛期に近い財力を取り戻しつつあるのかなー、という印象です。その象徴が今回のカスティーヨ獲得と言えそう。イタリアリーグの他の欧州のリーグとの違いは外国人選手には非常に豪華な実績を持った選手が多いことにあります。ちょっと誤字あったので作りなおした 今年のイタリアリーグのMLB経験者 pic.twitter.com/yVzW2CRoug— 世界の野球 (@sekainoyakyu) 2017年6月14日今年だけでもカスティーヨ含めれば6人のメジャー経験者がイタリアでプレーしています。特につい先日ネットゥーノに加入したヒメネスは15年にMLBで15試合に登板しており、結構直近までバリバリのメジャーリーガーだった選手と言えますね。ついでに、イタリアリーグでプレーしたNPB経験者もまとめてみました。 2010年に発足したイタリアンベースボールリーグでプレーしたNPB経験者一覧 厳密にいえばマエストリもいるけど、今回は加えてない pic.twitter.com/qRbAJUg6DG— 世界の野球 (@sekainoyakyu) 2017年6月16日これらのリストを見て勘のいい人は分かるかもしれませんが、イタリアリーグの助っ人はベネズエラ人が圧倒的に多いです。イタリア系のベネズエラ人も多いですが、ビザがおりやすいんでしょうかね。或いは代理人が活躍しているか。こういった実績ある外国人選手を軸に戦うイタリアリーグ勢は、欧州のクラブ王者を決めるヨーロピアンカップではライバルのオランダ勢を抑えて2008年から7連覇を達成。「クラブではイタリアが欧州最強」というイメージを植え付けていたのですが、つい先週行われた2017年のヨーロピアンカップではイタリア王者のボローニャをオランダのロッテルダム・ネプチューンズが下して優勝。オランダ勢が2015年から3連続優勝としています。イタリアが若干外国人の質が落ちていることや、オランダに米国帰りの選手が戻ってきているといった理由も考察されますが、ここまで立ち場が逆転する決定的要素とは思えず。そもそも「7連覇」というほどそこまで差は元からなかったのかな?というのが最近思い始めた結論です。元から差は少なかったところに、外国人頼みだったイタリアに対して、WBC組などオランダ国籍の選手がバランスよく揃っているオランダ勢がここ数年は優位に立っているということなんだと思います。さて、カスティーヨは今週末のパドーバ戦でデビュー予定。パドーバにはロイヤルズで活躍したマーク・ティーエン選手も在籍しており、元メジャー対決などにも注目ですね。おそらくしっかりとした数字を残すと思うのですが、ちゃんと期待に応えられるのか。しっかりと注視していきたいと思います。

継続は力なり【フューチャーズ4-1四国アイランドリーグplus選抜 大田スタジアム】

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東京大田区にある大田スタジアムへフューチャーズ(イースタンリーグ所属7球団の混成チーム)と四国アイランドリーグplus選抜の試合を観に行ってきた。大田スタジアムには多くの関係者・ファンが来ていた。何回かフューチャーズとアイランドリーグ選抜との交流戦は観に行っているのだが、たぶん、今回がスタンドに来ている人たちの数は一番多かったのではないだろうか。思い起こすと1番最初にこの交流戦を観に行ったのは2008年7月。場所も同じ大田スタジアム。この時はナイターだった。スタンドは関係者も含めて少なく、本当に閑散とした中、試合は行われた。それでもアイランドリーグ選抜の選手たちはこのアピールの機会を逃すものかとモチベーション高く振る舞っていた。この時出場したメンバーには、読売ジャイアンツに所属する土田瑞起やソフトバンクなどでリリーフ投手として活躍し、現在はBCリーグ 栃木ゴールデンブレーブスでコーチを務める金無英がいた。あれから約9年あまりが経った今日からフューチャーズと四国アイランドリーグ選抜の試合が同じ大田スタジアムで行われた。観に来る人数も関係者が選手を見つめる目つきもあのときとはまるで違う。いろいろあるにはせよこれまでのアイランドリーグがやってきた積み重ねが一つ現れたのが今日のスタンドの雰囲気だったと思う。

6/20・22 四国アイランドリーグplus選抜vsフューチャーズ

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大田スタジアムで行われた四国アイランドリーグplus選抜とフューチャーズの対戦を2試合見てきました。本来3試合行われるはずでしたが21日は雨天中止。補足のために書きますが……フューチャーズとは、 2007年から結成されたイースタン・リーグの若手主体の連合チームのこと。 05年に東北楽天が加入しイ・リーグの所属球団は7球団となりました。球団数が奇数となったため、対戦を組む際に1球団だけ試合が無い日程が出来てしまいます。日程からあぶれたチームはウエスタンとの試合やプロアマ試合を組む試みをしたものの、実際は相手の都合によりなかなか試合をすることが出来ませんでした。また、1球団で紅白戦をしようにもそこまでの人員を用意するのも難しい。一方で、育成枠制度を用いる球団は二軍に出場する選手が多くなり、若手の実践機会が不足するという問題も生じました。それを解消するために、若手選手の実践機会を増加させる目的で「フューチャーズ」という7球団混成のチームが生まれたのです。……蛇足おわり。四国IL選抜1-4フューチャーズスタメン四国アイランドリーグ選抜 6妹尾 8三國 9古川 3小林 5ポロ D安藤 4山下 2ハンソング 7井戸川 P岡部フューチャーズ 9鈴木L 4吉川大G 7宇佐美F 3坂口G 5柿澤G D山田E 8青柳De 6狩野De 2亀井De P田村L スコアボード撮り忘れました(汗)結果【4回裏】1死から5番柿澤が左2塁打で出塁し、6番山田の三失間に生還し1点。7番青柳が中安で1死1、2塁として、8番狩野の右安で1点。9番石原(途中出場)のニゴロ(FC)で1点。この回3点。0-3 【5回表】8番ハンソングのソロで1点。1-3 【6回裏】9番宗接(代打)が右2塁打で出塁し、1番鈴木の中安で1点。1-4 【四国IL】岡部3回秀伍1回3失点丸山1回阿部1回1失点相澤1回正田1回【FT】田村2回柿田1回高井1回笠井2回1失点瀬川1回竹下1回信樂1回今年はBCL球団と巨人三軍の対戦を3試合見ている訳ですが、その時の記事に独立リーグの課題として書いた「エラーの絡む失点」「投手の四球自滅」をひとつのテーマに試合を見ました。「リーグ選抜だから守備力も全体的に高いのかな?」なんて思っていましたが、この試合でも課題は出てしまいました。 4回の3失点はポロ(愛媛・元楽天)のボールを蹴るエラーをきっかけにFT打線に付け込まれたもの。ポロは一塁ベース踏み忘れによる2塁打取り消し(記録は右ゴロ?)も。また、試合を通して6盗塁を許したためバッテリー間による走者のケアもまた一つ課題ですね。特に狩野と石原による重盗、柿澤の三盗は完全に投手もノーマークでモーションを完全に読まれていました。先発の岡部峻太(高知・96年世代)は3回2安打2四球2三振0失点。派手さは無く明確な武器もよく分からないまま降板しましたが、強いて言えばチームメイトのハンソングとバッテリーを組んだことが結果を生んだのではないのかなと。走者を出しても投球に集中していたのはやはりキャッチャーを信頼しているからなのではないのでしょうか。ハンソングは前所属が起亜タイガースの韓国出身の選手。コミュニケーションに苦労しないかな、と思いましたが1年目なのに結構やれてそうでした。ソロを打ったハンソング。こんなにカラフルなマウンド上を見るのはなかなか無い……高島秀伍(香川・91年世代)はセガサミーを辞めて香川にやってきた異色の経歴。しかも以前は外野手で投手をやるのは中学時代以来。スリークォーターから放られる140キロ前後のボールは力強さがありました。リーグ戦では49回を投げてボーク4個と投手歴のブランクに苦しんでいるようです。制球と変化球はお世辞でも良いとは言えません。ところが最速149キロを出したことがあるらしく、球威はあると感じたので育成枠で指名する球団があってもおかしくはないと思いました。丸山雄大(高知)阿部直晃(愛媛)相澤健勝(徳島)正田樹(愛媛)この中で最も成績が良いのは相澤です。20回を投げ21三振、2四球、防御率0.90。制球力と奪三振能力を備えています。各選手の成績については後述。正田は現在35歳。まだ現役です。田村伊知郎は2イニング投げましたが先発として育成する方針なのでしょうか。長いイニングを投げることで脱力や変化球の使い方を覚えようという思惑ですかね。宗接唯人は逆方向への2塁打。一塁コーチは20日が小池正晃、22日は栗原健太が務めていました(三塁コーチはいずれも円谷英俊)。正直、倉本よりもよっぽど動けるよなあ……という狩野行寿。フューチャーズ5-4四国IL選抜スタメン☆試合を10回まで行う特別ルール試合終了時のスコアボードは撮り忘れました(汗)【2回裏】5番ポロが左中間を破る3塁打で出塁、6番三國は中安で1点。0-1 【3回表】1番岸里が左安で出塁し、2番百瀬が左2塁打で1点。1-1 【4回裏】2死から5番ポロが左安、6番三國は右安で2死1、3塁、7番加藤は四球で2死満塁。8番四ツ谷の三ゴロ(FC)で1点。1-2 【5回表】9番狩野が左安を放ちその打球を左翼手が後逸している間に3塁まで進む。2死3塁となってから3番マルティネスが右2塁打で1点。マルティネスはボークで3塁に進み4番青山の中安で1点。この回2点。3-2 【8回表】4番松澤(代打)が右本を放ち1点。4-2 【8回裏】2番岡村が右安、3番古川が右安で無死1、3塁とする。4番井戸川(途中出場)は一ゴロ、5番ポロは中安を放ち1点。7番加藤は右犠飛で1点。4-4 【9回表】8番亀井(途中出場)が遊失で出塁、9番狩野は犠打で1死2塁。その後2死2塁となってから2番川相(途中出場)の左安で1点。5-4 【FT】安江3回1失点信樂1回1失点上原2回成瀬1回松本1回2失点柿田2/3 竹下1/3 進藤1回【四国IL】伊藤翔3回1失点原田2回2失点松本2回秀伍1回1失点伊藤克1回1失点嘉数1回先発の伊藤翔(徳島・98年世代)。千葉の横芝敬愛高から入団したばかりの1年目です。最速150キロ(この日は145キロ前後)で、スライダーや縦の変化球もありました。今年の高校生投手の人材不足からして年齢をアドバンテージに持つ彼は指名されてもおかしくなさそうです。原田宥希(香川・94年世代)は力強い直球を持つサイド右腕。たまに決まる高めに浮く球筋のストレートで空振りを奪えていたのと、左打者に対しては内角と外角を投げ分けゾーンを広く使っていたのが印象に残りました。リーグ戦では64回1/3を投げて被本塁打1なので球威はウリでしょうね。松本憲明(徳島・95年世代)は愛工大名電高から東洋大に進み、中退して独立の世界に。今の大学4年生、東洋大だと飯田晴海と同い年ですね。伊藤克(徳島・96年世代)は中卒で建設会社に就職、クラブチームでプレーした後徳島入りした異色系。最速は139キロ止まりでエラーで出したランナーを生還させ決勝点になってしまうというホロ苦い登板に。リーグ戦では33回を投げ防御率1.09とチームに貢献しています。徳島の伊藤コンビは覚えておいた方がよさそうです。嘉数勇人(高知・89年世代)。チームでは主将。名字を聞いてJR東日本の打者を思い出したのは言うまでもなく。野手陣でアピールしたのは木更津総合高出身・三國和磨(徳島・96年世代)、盗塁も決めた四ツ谷良輔(愛媛・93年世代)、3安打1打点で汚名返上のポロでしょうか。いずれも逆方向やセンター方向に打ち返すヒットで結果を残しました。特に四ツ谷はリーグ戦132打席で打率.333、出塁率.430と数字を出しており、年齢的にも脂の乗っている時期だと思います。一方で、打率1位の古川敬也(愛媛・92年世代)は2試合でヒット1本に終わり、強打が武器の小林義弘(徳島・94年世代)はレフトで守備のまずさを露呈したりと、歯がゆさが残りました。 FTでは香川OG出身・松澤裕介の一発、川相監督ジュニアの川相拓也は決勝打と巨人三軍勢の活躍が光りました。投手陣は上原・柿田・竹下という豪華ドライチリレー。後者2人に関してはどこがフューチャーズなんだって感じですが(汗)上原健太は長身左腕だけあって投げている球が別格でした。球審にボールが直撃して治療するシーン……結果的にフューチャーズの2戦2勝で交流試合は幕を閉じました。この2試合を見て改めて感じたのは、独立リーグとNPBの明確な守備力の差です。独立球団は選手の入れ替わりの流動性が高いために内野の連携は難しいと思います。しかし今回の試合では連携に起因するものではなく、個人の凡ミス(目測を誤ったりイージーゴロの捕球ミス)が目立ちました。投手は味方のミスに動じないことが必要ですが、あと打者1人抑えたら……という場面でことごとく痛打されてしまい、展開を不利にしてしまう。さらに出した走者のケアを疎かにして脚を絡めた攻撃をも許してしまう、そういった相手にスキを与えてしまうところから傷口を広げる印象を受けました。試合後の西田監督の談話で人工芝への対応が不足だった、という旨の話がありましたがそれも課題のひとつでしょう。独立リーグの選手の経歴は本当に多種多様です。選手のバッググラウンドから意外な発見をすることも少なくありません。そういった選手個々への興味関心から独立リーグ沼にハマる人の気持ちもよく分かります。実際にスタンドでは球団のタオルや帽子を身に着けている人も居ましたし、地方の野球を野球を追いかけるのもアリだなと。都内で四国球団の選手を見られる貴重な機会だったので行くことが出来てよかったです。付録・選抜メンバーの前期成績

【閑話休題・23】元西武の森慎二投手を悼み、その勇姿を思い出す

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2017年6月28日、西武ライオンズの森慎二投手コーチが42歳の若さで急逝した。私も生前の投球を見たことがある一人だったので、大変驚いた。そして、私が見た姿というのがとても貴重な時代のものであることに気づいたので、ここにその写真を掲載することにした。森投手は1997年に西武ライオンズに入団し、2002年と2003年に最優秀中継ぎ投手のタイトルを獲得した。2005年オフにメジャーのデビルレイズに入団したものの、2006年の開幕前のオープン戦で全治1年の重傷を負ってしまう。結局、NPBでの公式戦登板は2005年が最後になってしまった。多くの人にとって「投手・森慎二」の姿は2005年で止まっているはずだ。しかし、あまり知られていないが、森投手はその後「現役復帰」を果たしていたのである。3年におよぶリハビリを終え、2009年に独立リーグであるBCリーグの石川ミリオンスターズのコーチに就任すると、翌2010年には監督に昇格。そこから2014年まで5年間にわたって監督を務め、独立リーグ日本一に2度(2011年、2013年)も輝いた。そして肩の調子もよくなったため、ついに2013年、8年ぶりに選手兼任監督として現役復帰を果たしたのだ。2014年まで2年間で23試合(計20イニング)に登板している。私がその投球を見たのは、2014年5月4日に富山市で行われた富山サンダーバーズと石川ミリオンスターズの試合でのこと(詳細はこちら)。その写真を再編集して改めて掲載する。試合前にメンバー表を交換する森慎二監督(青いユニフォーム)。右手前は近鉄などで活躍した吉岡雄二監督(近年ではとんねるずの野球盤で有名)。この試合では森監督が7回から1イニングだけ登板した。写真はピンチを迎えてタイムを取り、選手たちがマウンドに集まったところ。中央にいる背番号34が森投手だ。ランナー3塁のピンチでサンダーバーズの打者に挑む森投手(写真左側)。1塁側スタンドのサンダーバーズファンからのヤジにもひるむことなくバッターを打ち取り、2失点でこのイニングを終えた(残念ながら投げている姿をアップで撮った写真はなかった)。「ピッチャー・森」を表示するスコアボード(写真左側)。現役のピッチャーとして投げていたことを示す光景だ。ちなみに富山サンダーバーズの「ピッチャー・秦」は元横浜ベイスターズの秦祐二投手兼任コーチである。森監督はこの2014年オフで石川ミリオンスターズを退団し、西武ライオンズに投手コーチとして10年ぶりに復帰した。同時に投手としてはこの年をもって「現役引退」となってしまったため、私は「現役最後の年」における貴重な姿を目撃できたわけだ。そして先述のように2017年6月28日、42歳の若さで急逝した。残された者が亡くなった人に対してできることは、その存在を忘れずに記憶にとどめることと、時々思い出して生前の姿を語り継ぐことだ。特に、2005年にNPBで最後の登板を果たした森投手が、10年も後の2014年までマウンドで投げ続けていたという事実を伝えることに、私のちょっとした写真が一助となれば幸いである。

拡大するベースボールのネットワーク―2015年世界プロ野球の国別ロースターから6.夏季リーグにみる野球選手の国際移動:日本

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日本:世界第2のパワーハウス その国にどのスポーツが根付くのかは、産業化の過程においてどのスポーツが浸透したかによると言われている。この場合の「スポーツ」とは欧米発祥の近代スポーツのことを指すのであるが、東アジアの場合、ヨーロッパとの距離の遠さゆえ、近代産業化を他国の先んじて果たした日本には、アメリカン・スポーツである野球が浸透し、その植民地支配を受けた台湾、朝鮮半島に根付いていった。また、日本において、ベースボールというスポーツは、「野球道」の言葉に象徴されるように、「グローカル」な発展を遂げ、戦術面においても、西半球のパワーベースボールとは対照的な、スモール・ベースボールを発展させていった。その洗練されたスモール・ベースボールが、世界最高レベルにあることは、2006年に始まったプロ主体の世界大会、ワールドベースボールクラシック(WBC)において、過去4大会すべてにおいて、上位4チームによる決勝トーナメントに進出、うち2回優勝という結果にも表れている。 2015年シーズン、日本にはファーム組織を擁するNPBの12球団に加え、四国アイランドリーグplus(以下IL)、ルートインBCリーグ(以下BCL)の2つの独立リーグがプロリーグとして存在していた。これらのリーグには合わせて1203人の選手が在籍していた。この数字は、前回2008年の調査と比べ、57人増加している。その増加分の内訳を見ると、NPBが45(836→881)、独立リーグが12(310→322)である。NPBの球団数や支配下選手の規定は、この間変わっていないので、増加分は育成選手の増加にあると思われる。独立リーグの増加分も考え合わせると、日本において、プロ野球選手のプレーレベルの下限はこの人数分だけ下がっていると言うことができる。 外国人選手の割合は、全体で10.2%(123人)、うちNPBが8.9%(79人)、独立リーグが13.4%(43人)である。2008年シーズンとの比較では、NPBは前回8.5%と大差ないのに対し、独立リーグでは、5.2%(16人)と激増している。発足当初(IL,2005年、BCL,2007年)は、日本人選手だけでリーグ戦を行っていた独立リーグだが、その後、外国人選手に対しても門戸を開くようになり、近年は、リーグの生き残り戦略としてむしろ国外からの選手の受け入れを積極的に行っている。この結果は、そのことを裏付けている。 NPBに所属する外国人選手の出身地の内訳が、北米、中南米、アジア太平洋地域に大別されることは2008年調査時と変わりないが、その割合において大きな変化が読み取れる。前回調査において、半数を占めた米国、カナダの北米出身者が38.0%と大きくその割合を減らしている。それに対し、中南米出身者は、その代表格であるドミニカ、ベネズエラとも増加、これに前回はなかったメキシコなども加わり、地域別で言えば、北米を上回り、約半数を占める一大勢力となっている。北米、中南米出身者はともに、MLBを頂点とする北米プロ野球から移動してくる者たちであるが、日本にしろ、米国にしろ、言語的文化的に異なった文化圏に「出稼ぎ」に出向くことになる中南米出身者にとっては、北米のマイナーリーグでプレーするよりも、好待遇を期待できるNPBは年々魅力的になってきていることがこの数字からもうかがえる。 また、中南米諸国について言うなら、2008年にはゼロだったキューバ出身者が、8人と激増していることは特筆すべきことであろう。この数字は、米国の29人、ドミニカの15人に次ぎ、ベネズエラと並ぶもので、今やキューバは日本のプロ野球へのタレント供給源となっている。 1959年の革命以来、アメリカと袂を分かち、社会主義国としてステート・アマによる野球システムを構築してきたキューバは、国内選手のプロとしての国外流出を許さなかった。しかし、2013年9月に制限付きではあるがこれを解禁、この翌年には、ながらく代表チームの主砲を務めたフレデリック・セペダが、巨人に入団している。 現行のキューバ政府が間に入るかたちでの、選手の国外への移籍は、あくまでキューバ国内リーグの球団にも籍を置いたままでの「レンタル移籍」で、選手の報酬も政府が移籍先球団と交渉し、その一部は収公される仕組みになっている。そのため、正式なルートを通しての国外でのプレーの道筋ができたのにもかかわらず、より自由な立場での移籍を求めた亡命者は後を絶たず、2009年にメキシコに亡命したレスリー・アンダーソンがセペダと同時に巨人に入団している。彼らが来日した2014年には、オバマ政権よって、米国・キューバ間の国交正常化交渉の開始の意向が表明され、翌2015年7月にはこれが実現されている。トランプ政権への交替により、両国の関係改善は先行きが見えなくなってきているものの、グローバル化の進展の中、キューバ発の選手移動のフローは今後も増加していくことが予想され、いまだ正式なルートでのアメリカへの移籍がなされていない現状にあっては、キューバのトップ選手にとって、NPBはメジャーに次ぐ目指すべきゴールであり続けるだろう。 また、2008年には1人だったブラジル出身者が、3人まで増加していることは、欧州からの2人の選手を合わせて、NPBのスカウティング網が確実に広がっていることを示している。その一方で、韓国、台湾が計8人にとどまっていることは、東アジアのプロリーグ間で選手の流動性がまだまだ小さいことを示している。 独立リーグについて言えば、先述したような、国際化の目論見の結果、多少の効果を生んでいるようだ。前項で、欧州からNPBへの選手移動をNPBのスカウテゥング網の拡大ととらえたが、これはNPB球団が世界各地にスカウトを派遣しているといわけでなはなく(但し福岡ソフトバンクホークスは、中南米にスカウトを派遣している)、選手獲得の地理的範囲を地球規模に拡大しているという意味である。実際、欧州出身者の2人、アレックス・マエストリ(当時オリックス)、リック・バンデンハーク(福岡ソフトバンク)は、ともにアメリカでプロとしてのキャリアを積み、それぞれ、日本の独立リーグ、韓国プロリーグを経由してNPB入りしている。現在、独立リーグには、球団の生き残り戦略もあって、世界各地からの選手を受け入れ、NPBにも選手を送出している。 その独立リーグの、「多国籍化」の進展には目を見張るものがある。 2008年シーズンは、外国人選手の6割が韓国出身、あとは、台湾、ドミニカ、オーストラリア、ジンバブエの計5か国からの選手が日本の独立リーグでプレーしていたに過ぎなかったのが、2015年シーズンは、米国、オーストラリア、ドミニカ、ベネズエラ、キューバ、エルサルバドル、ブラジル、韓国、台湾、タイ、ミャンマー、スペイン、ブルキナファソの実に、13か国からの選手が独立リーグに集っていた。 先に論じたように、日本における「プロ」の下限が拡大したことは、従来プロレベルの技能しか持たなかった選手にもプロとしてプレーするチャンスが現れたことを意味するのだが、そのような選手の受け皿としても独立リーグは機能していると言える。球団によって姿勢には違いがあるものの、独立リーグ球団の中には、純粋な戦力としてではなく、野球途上国である欧州から選手のレベルアップのためこれを受け入れたり、開発援助の一環としての途上国への野球普及活動への協力の一環として選手を受け入れる球団があるが、このこともこの「多国籍化」の要因となっている。また、ここでも、従来なら、北米プロ野球でプレーしていた、北米、ラテンアメリカ、オーストラリアの選手が増加しているが、これも、「第2のパワーハウス」である日本のトップリーグ、NPBへの踏み台として独立リーグが認知されていることの証であると言える。

7/5 そのアピールは本当に必要? 栃木ゴールデンブレーブスvs巨人三軍

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栃木ゴールデンブレーブス2-4巨人三軍スタメン結果【1回裏】1番松原が遊安、2番北の一ゴロで走者入れ替わり、3番マルティネスの四球で1死1・2塁。4番青山が中安、5番坂口が三ゴロ、6番田中貴の中安で1点ずつ得点。0-3 【2回表】2死から7番大嶋が四球で出塁、盗塁した後8番橋爪が3塁打を放ち1点。1-3 【3回裏】1死から5番坂口が左本を放ち1点。1-4 【7回表】5番板倉が中安、6番高野が遊安で無死1、2塁とする。7番大嶋は犠打を試みP高井が捕球するも1塁送球が高く逸れる間に1点。2-4 【栃木】ウーゴ 7回110球7安打2四球1三振4失点前田  1回15球1安打1四球2三振0失点【巨人】ソリマン 5回98球2安打1四球7三振1失点巽 1回16球0安打2四球0三振0失点高井 1回20球2安打0四球1三振1失点長谷川 1回13球0安打0四球0三振0失点リャオ 1回18球1四球2三振0失点“過酷な野球場”と聞いてどこを思い浮かべるでしょうか。ワーストワンを選定するのは難しいですが、この時期のジャイアンツ球場は行く道中が非常にツラいです。新宿から京王線で20分~30分で最寄り駅「京王よみうりランド」に着けるものの、先が遠くなるような坂道の「よみうりV通り」や階段の「巨人への道」を10分程度歩かなくてはなりません。汗だくになってやっと球場に着いたかと思えば、容赦無く降り注ぐ太陽光で高温になった座席で3時間程度の観戦。そんな罰ゲームみたいな観客席でも熱心に声援を送る栃木ファンの方々。応援してもらえる事は選手にとって本当に励みになると思います。先発のソリマンが5回で降板する頃には日差しはおとなしくなり、風も出てきて多少過ごしやすくなりました。ソリマンは昨年の二軍戦で見て以来です。初回は4球連続で150キロを計測して驚きましたが、2回以降はギアを落として無難な投球。ただピッチングを重ねる度に、合わされやすい直球と決め球の乏しさという欠点を感じました。結果的に球数も嵩んでしまうので数字上は抑えていても内容は良くないです。そもそも、支配下に昇格したとしても外国人枠の関係で一軍には上げられないし、そんな28歳の投手をここで飼い殺しのような形で残すのは果たして選手にとってチームにとって幸せなのかという疑問が浮かびます。さて、記事タイトルの「アピール」についてです。 2回に橋爪の打席で大嶋に盗塁を許した際、田中貴也(92年世代・八重山商工―山梨学院大)は二塁に送球しませんでした。正確に書くと、送球体勢に移ったところ打者の上半身がホームベース上の空間に被さり、送球出来なかったのです。バックネット裏から見ていて確かにあのプレーは守備妨害を取っても不思議では無いと思いました。田中貴の執拗な抗議に川相監督も出てきましたが盗塁成立としてプレー再開。その直後にタイムリー三塁打を打たれたのです。この1失点の過失割合は田中貴の方が大きいです。抗議に割いたのは1分半~2分弱でしょうが、その間があって打たれたのです。無死2塁ならまだしも二死だったし、直ぐに切り替えてバッター勝負の姿勢に移るべきです。アピールはサッと済ませて、直ぐに諦めて投手の投げやすい態度を取ってあげるべきだったと思います。肩に自信があるからこそのアピールだったと思いますが、二死で荒れ球のソリマンをリードしているという単純なプレー状況を忘れて時間を使ってしまいました。捕手が手薄という事もありファンのヨイショな意見が目立つ田中貴なだけに、あえてネガティブなことを書いてみました。まあ結果論に近いですけどね。それ以外はタイムリーも打ったし、荒れ球もしっかりブロッキングしていて捕球能力は流石という感じでした。栃木ゴールデンブレーブスの先発はウーゴ(89年世代・佐野日大―白鴎大―ヤクルト―巨人)。粘って7回4失点にまとめましたが、初回の3失点が非常に重かったです。立ち上がりをしっかりやっておけば、それ以降は坂口のソロの1点のみなので勝ち試合に運べていたでしょう。立ち上がりで直ぐに感覚を掴むことが出来なかった一方で、二巡目はキッチリ9者連続で凡退に押さえていました。初回と打者二巡目が独立の投手を見る上で注視するべき箇所かなと思います。グローブをよ~く見るとスワローズのマークが。ウーゴは140キロ前後の直球にスライダーやカーブ、チェンジアップで緩急を付けながら投げていました。コーナーギリギリに決まる球の確率をアップさせれば自ずと成績は向上するでしょう。奪三振はマルティネスから空振りで獲ったの1つのみでした。リーグ戦でも61回2/3で43三振なので打たせて取る系の印象がありますが、となると味方の守備力に成績が大きく左右されます。ショートの野崎新矢(94年世代・大田原高―千葉工大)はダイビングキャッチをひとつ決めウーゴを助けました。試合を通してチームで失策ゼロだったのは独立球団の試合を見た中で初めてです。セカンドは江畑秀哉(91年世代・成東高―立教大―TOKYO METS)は身長161cmの小柄なプレイヤー。巨人三軍は継投で追撃をかわしました。巽大介(97年世代・岩倉高)は2四球、高井俊(95年世代・東北高―悠久山栄養調理専門学校―新潟アルビレックス)は自らの失策で1点を失う微妙な内容。良かったのは三者凡退の長谷川潤(91年世代・成立学園高―金沢学院大―石川ミリオンスターズ)と廖任磊(93年世代・岡山共生高―パイレーツルーキーリーグ―台湾・開南大)。リャオは前回と違って四球1つで済みました。常時150キロ前後最速153キロとエンジンの大きさは相変わらず。ただ直球と変化球とでモーションが明らかに異なるのは気になりますね。まだ発展途上という感想も変わりません。正直、ストレートだけなら西村天裕(NTT東日本)や鍬原拓也(中央大)を軽く凌駕していると思うのですが……橋爪脩祐(94年世代・横浜桜陽高―茅ヶ崎サザンカイツ―富山サンダーバーズ)の三塁打による1点のみに終わった栃木としては、巽の2四球で無死1、2塁から八木健史 (89年世代・工学院大付属高―杏林大中退―横浜ベイブルース―群馬ダイヤモンドペガサス―福岡ソフトバンク―群馬DP―栃木ゴールデンブレーブス)が併殺打を献上したのが非常に非常に勿体無かった。巽は助かったと言えど得点パターンを見たかったような気も……リーグ戦で.322(143-46)1本16打点の帷子翔太郎 (90年世代・佐久長聖―白鴎大)からも快音は聞かれず……坂口真規(90年世代・智辯和歌山高―東海大)と田島洸成(96年世代・帝京高―武蔵ヒートベアーズ)。栃木の2番手前田大佳(94年世代・広島国泰寺高―筑波大)。真上から投げ下ろすフォームと、腕を思い切り振り切るリリースで宮川哲(上武大)を思い出したり……全体を通して見ると、締まった良いゲームでした。栃木球団はビッグイニングを許さず、ウーゴは無駄な四球が目立たず、何より失策ゼロだったのが功を奏しました。これまで散々しょうもないミスや四球渦から大量失点する試合を見てきましたから、ある意味新鮮味すらありました。正直なところ、個人成績の上位者に栃木の選手の名前があまり無かったので事前の期待値は高くありませんでした。それなのにこのような締まったゲームを展開していたので、やはり守備力は全てにおいて基盤になるな、というのが感想。攻撃に関しては、ヒットを打てる絶対的な選手を中心に……というよりも、四球などで突発的に出塁した走者をいかに還すかで三軍戦はゲームをモノに出来る気がします。僕は巨人ファンですがこんなこと書いてるとどこのファンなのか分からなくなってしまいますね……

11月にパキスタン代表とインド代表がドバイで対戦

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パキスタン代表とインド代表が11月にドバイで試合するらしい pic.twitter.com/da5dnVkgAj— 世界の野球 (@sekainoyakyu) 2017年7月8日パキスタン野球連盟のカワール・シャー会長が中心となって、野球の「空白地帯」の一つであるUAEのドバイでパキスタン対インドが行われるという情報が入って来ました。パキスタンと言えば、WBCの予選ラウンドにも出場した西アジアの強豪。アジアの野球は中国より下の国との実力差が大きいと言われていますが、打倒中国を掲げて追走するアジア第二グループの急先鋒がこのパキスタンになります。良くも悪くも西アジアの野球の拠点となっており、西側のブロックの国際大会は全てパキスタンで開催。冒頭で名前の出たパキスタン野球の父とも言われるカワール・シャー会長が人脈財力その他もろもろを駆使し、彼の強烈なリーダーシップによってパキスタンの野球は力強く発展してきました。このシャー会長の手法で賢いと思えるのが、ただパキスタンが強くなればいいというスタンスではなく、周辺地域の強化発展まで手助けしている点だと思います。言うまでもなくこの地域は野球が盛んとは言えないので、パキスタンだけがただ強くなったところで野球という競技のアピールにはなりにくいし、パキスタン自体のレベルも上がらないですからね。今年2月にパキスタンで行われた西アジアカップという大会ではパキスタンのほかにイラク、イラン、スリランカ、ネパールが出場。この大会で参加予定だったのにも関わらず、ビザの問題で出場できなかったのがインド代表でした。西アジアカップ2017 スリランカがWBC参加国のパキスタンを下して悲願の初優勝!! | 世界の野球 | スポーツナビ+ https://t.co/9EOltFltHY おめでとうございます— 世界の野球 (@sekainoyakyu) 2017年3月2日ご存知の通りインドとパキスタンは政治的に最悪に近い関係にあり、2015年に行われた西アジアカップを除き、ビザの問題でパキスタンで行われる国際大会には出場できていません。この大会の詳しい意図は分かりませんが、他の主要な競技(特にクリケット)では実現が難しいインド対パキスタンというカードをドバイという中立地で行うことによって、野球の国際性のアピールや現地UAEでの野球という競技自体のアピールなども含まれているものだと思われます。アジアでも、野球をやっている団体や組織くらいはある国はたくさんあるのですが、UAEは僕の知っている範囲では現地駐在のアメリカ人のリトルリーグのチームがあることくらいしか分かりません。一般的には野球の「空白地域」と呼んでいいと思います。そこで野球をやることが何に繋がっていくのか。そもそもインドとパキスタンって結構実力差あるだろ。野球という競技のアピールならもっと本場っぽい国がやったほうが・・。などというツッコミはさておき、あの手この手でアイデアをひねり出して実行してくるあたりはさすがシャー会長。四の五の言わずにこのイベントの行く末を見守りたいと思います。(※国際野球ニュースのカテゴリーに含まれている記事はfacebookにも掲載されている内容のものです。)

BCリーグ公式戦 福島ホープス対武蔵ヒートベアーズを見に行ってきました

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 三連休の中日なのに、日曜日なのにNPBの試合が1試合も行われなかった今日、僕は埼玉県越谷市までBCリーグの試合を見に行ってきました。先月も同じ球場で行われた試合を見に行ったばかりですが、越谷ならふとした思いつきで行ける距離だなと、今日も改めて感じました。 今日の試合は武蔵ヒートベアーズと福島ホープスの対戦ですが、福島ホープスの岩村明憲選手兼監督が今年限りで選手を引退なさるという事ですので、ぜひ一度プレーするところも見ておきたかったのですが、あいにく出場はありませんでした。 しばらく見ないうちに、だいぶお太りになられたようです。 今日のスタメンはご覧の通りです。NPBの経験者は福島のボウカー選手くらいでしょうか。武蔵の先発ピッチャーである李選手は韓国のロッテジャイアンツでプレーされていたようですね。福島ホープス先発の青木勇人選手は、かつて西武と広島でプレーされた青木勇人さんと同姓同名ですね。もちろん別人です。 今日は事細かに書くのではなく、目についた選手だけダラダラと書いていきたいと思います。 武蔵先発の李選手は初めからセットポジションで、監督の小林宏之さんのピッチングフォームと似たような投げ方をします。スピードガンが無いので球速はわかりませんが、見たところ140キロ台中盤は出ていたように見えました。変化球はスライダーとフォーク?かチェンジアップがメインで、スライダーの曲がり方は結構大きく、左バッターの外角にボール気味の所から内の方にグイッと曲がってストライクになるという場面もありました。 7回終わりまで投げましたが、スタミナが切れた感じもなく、2失点していますけれども、芯で捉えられたような強い打球は無く、ラベンダー選手やボウカー選手には詰まらせながら押し込むようにヒットにされたような、内容的にはそこまで悪くなかったのでは?と思いました。 韓国のプロ野球がどれくらいのレベルなのかわかりませんが、WBCで対戦すると結構強いなぁと、日本球界と大して違わないなぁとも思いますので、この李選手レベルでも残れないくらい競争が厳しいのかもしれませんが、球速があってフォームがコンパクトですからリリーフでNPBに獲得されても不思議ではないなような、そんな印象を持ちました。 福島ホープスと言えば元巨人のボウカー選手です。6月はリーグの月間MVPを受賞し、リーグ唯一の4割バッターでもあるようです。全打席の動画を撮ってきました。 https://youtu.be/6fwDk4G0i4A https://youtu.be/GBY3uYItpFo https://youtu.be/q9qiKqDMuzg https://youtu.be/UKeX6cJC2oc  全打席撮影するほど注目していたつもりは無いのですが、一打席目二打席目がいずれも早打ちであっさりと終わってしまったので、結局全打席を撮ることにしました。 巨人時代は日本シリーズで大活躍したこともありましたが、やや緩い変化球の揺さぶりに脆かったような印象がありましたが、福島ホープス入団2年目にして、だいぶ我慢強くしぶといバッティングをするようになりました。 ただし超のつくプルヒッターぶりは相変わらずで、武蔵ヒートベアーズの守備体型が極端です。サードは誰もおらず、サードがショートの位置に居て、ショートがセカンドの位置に居て、セカンドは一二塁間に居て、ファーストはライン上を締めている、というボウカーシフトでした。 試合前や試合中の様子も結構見ていましたが、もうチームのキャプテンのような雰囲気で同僚を鼓舞したり、自分の打席まで2~3人間が有るのにネクストサークルの近くまで来て相手ピッチャーと間合いを計ったりと、とても馴染んでいるように見えました。 群馬のカラバイヨ選手はとうとう選手兼コーチにまでなりましたが、ボウカー選手もそのような存在になりそうな感じですね。それ以前に、打線の弱いNPBのチームに獲得して欲しいという思いもありますが。 何年か前にフジテレビのドキュメンタリー番組で密着取材を受けた福島ホープスの岡下大将選手が今日も5番ショートでスタメン出場していました。 僕はあの番組を見て以来岡下選手を密かに注目し続けてきたのですが、今日は打つ方でも守る方でも雑な場面が目立ちました。 守備では二遊間に飛ぶ緩いゴロを捕球ミスして記録上は内野安打にしてしまいました。グラブの出し方が雑だなぁと思いましたし、僕の近くに居た関係者とおぼしき人も「あれがヒットじゃピッチャーが可哀想」と仰っていて、誰が見てもエラーであるという感じでした。 打つ方では4タコでした。結果が出ないのはともかく、打席に入る前のルーティンで行っている素振りがいかにも雑でした。素人の僕が言うのもおこがましいですが、バットのヘッドが思い切り下がっていて、これでは凡フライを打ち上げてしまうのも仕方ないと感じました。打席に入る前の様子からしてボウカー選手とは大違いで、明らかに準備不足なのが見て取れました。 今日はNPBのスカウトらしき人が全くおりませんでしたから、そういう理由で緊張感を欠いていたのだとしたら、非常に残念だとしか言いようがありません。 最後に、8回裏に福島ホープスのホームページにも載っていないような謎の選手がマウンドに上がりました。 https://youtu.be/wroBMevC2tw  スコアボードの表示は前の回に投げた笠原選手の名前のまま変更されておらず、しかしどこをどう見ても笠原選手ではなく、ウグイス嬢のアナウンスも聞き漏らしてしまったので、とりあえず動画を撮ってきました。マウンドを降りて9回表になってようやくスコアボードの表示が変わり、この選手は「モーラ」という名前だとわかりました。 やや恰幅の良い身体からいかにも球質の重そうなボールを投げますね。後で知ったのですが、今日出場選手登録されたばかりの新加入の選手だそうで、そういう状況ながら全く始めてらしさの感じられない、「以前からいました」的なマウンドさばきが非常に頼もしかったです。                ■ 試合は岩村明憲監督率いる福島ホープスが先制するも、中盤から後半にかけて武蔵ヒートベアーズがじわじわ追い上げ、そして逆転勝利を飾りました。 今日の来場者数は239名だそうでした。NPBの試合がない、絶好の集客日和だったようにも思うのですが、なかなかお客さんが集まらないようです。 見に来るたびに書いていると思いますが、非常に面白いのでぜひ皆さんにも見に来てもらいたいですし、球団側としてもお客さんを増やすための努力に一層取り組んでもらいたいものであると、そのように感じた今日一日でありました。以上

聖地べーカーズフィールド

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今、アメリカにいる。久方ぶりのユニオン駅。バスの時間に合わせて10時半に着いたが、ロサンゼルスからのバスは、午前便が満席、3時の便に乗るよう言われる。到着は6時過ぎとせわしなくなるが仕方がない。時間をつぶして、150キロほど北にあるべーカーズフィールド行きのアムトラックバスに乗った。アムトラックと言えば、全米に列車を走らせている旅客列車会社だが、この区間は州都サクラメントまでの線路がつながっているものの、山越えの線路はジグザグにうねり、並走する道路を使った方がよほど早いので、列車をあえて走らさずにシャトルバスを走らせているのだ。真夏に差し掛かろうとするカリフォルニア、西日はほぼ真横から差し込んできてまぶしい。山越えの切通しまではうとうとしていたが、セントラルバレーに出た途端、西日のまぶしさとその日差しの熱さに目が覚めた。窓越しには一面のブドウ畑が広がっていた。町には、予定より早い5時40分に着いた、50席ほどを8割方埋めていた乗客は、そのほとんどがそのまま接続の列車に乗り込んでいった。町外れと言っても、ダウンタウンの中心まで歩いて15分ほど。しかし、前夜宿をとった海沿いのサンタモニカの涼しい風とは違い、ここで待っていたのは熱風だった。予約をとっていたダウンタウンの端にあるモーテルに入ると、「一体この町になにしに来たんだ」とフロントで質問を受けた。今回の旅の主目的のひとつがこの町の球場で試合を観ることだった。この町の球場、サムリン・ボールパークは日本の野球ファンにとってある意味「聖地」と言っていいところなのだ。1995年4月27日、近鉄を退団し、ドジャースと契約した野茂英雄が、メジャーでの登板前にこの町を本拠としたベーカーズフィールド・ブレイズの一員として「アメリカデビュー」を飾ったのが、この球場だった。このブレイズは、昨シーズン限りでこの町を去り、代わりに独立リーグ最底辺のひとつ、ニューメキシコを拠点にするペコスリーグのトレインロバーズが移転してきたのだ。このリーグにも前々から興味を持っていたのだが、開催期間が5月末から7月いっぱいと短いせいもありなかなか足を運べなかった。今回、なんとか時間を作って、この町まで足を運んだのだ。前述の通り、予定より遅いバスに乗ったおかげで、球場到着が遅くなってしまった。試合開始7時45分に対して到着は6時半。モーテルから球場までは3キロほどあったが、幸いともに同じ大通りに面しており、モーテル前の停留所からバスに乗っていくことができた。球場前にはトレインロバーズの大きな看板が。間違いない、ここで野球があるんだと確信して運動公園内に入る。ここはプロも使うメイン球場の周りにいくつもの球場が居並ぶ、いわゆるスポーツコンプレックスなのだ。この施設は、地元少年野球も使用するようで、入り口にはバッティングセンターもあった。1ゲーム13球でなんと50セント!それも硬式。これはやらない手はないと腕試し。ここでの最速は70マイル(112キロ)。練習にもならないような剛速球はないようだ。とりあえず、それに挑戦するが、いかんせんスリッパ履きで来てしまったので、打ち損じが足に当たるのが怖くてついついバットを合わせにいく。しかし、そうするとこわごわ出したバットはどうしても詰まってしまい、手がしびれる。それなりに会心の当たりもあるが、軟式慣れしてしまったスウィングに愕然とする。って、こうもしていられない。メイン球場に足を運ぶ。試合45分前だが、ゲートは閉まっていて、球場には人っ子ひとりいない。メインスタンド前には数台の車が停まっている。その車から二人の女の子が出てきた。声をかけると、野球を観に来たという。この時間にゲートが開いていないことに不安げな表情を浮かべている。試合を観に来たらしい1台の車は去っていった。嫌な予感が走る。このクラスの独立リーグでは、リーグ休止や倒産は日常茶飯事だ。いくらんなんでも試合45分前に球場に誰もいないなんてありえない。不安げな少女を目にしながら、もう一台の車にいた家族連れの女性に声をかけると、少し安心できる答えが返ってきた。「いつもこんなもんよ。みんな来るのは試合前30分くらいだよ」選手は練習しないのかとも思ったが、さすが底辺リーグとも思ったので、とりあえずそのことを少女たちに告げると、彼女たちも少し安心したようで、別の車にいた母親に状況を知らせに走った。とりあえず、もう少し時間があるようなので、メイン球場の周囲を取り囲んでいた大小のサブ球場を見に行く。MLB傘下のマイナーの球場としては、最低ランクの設備を眺めながら日本のスーパースターがこんなところでアメリカでのキャリアをスタートさせたのかと思いを馳せる。試合30分ほど前にメインスタンド前に戻ってくると、車と人の数は増えていた。ほっとしたのもつかの間、球場入り口前で目にしたのは、待ちぼうけをくらっていた20人ほどのファンだった。先ほど試合開始を待っていた2台の車はすでになくなっていた。話題はもう今日試合はあるのということだった。私が、誰かチームのフェイスブックを確認したかと聞いたら、妙齢の女性が、さっき確認したわ、と答える。チケット売り場には何のインフォメーションもない。さすがに試合30分を切って、皆がおかしいと思った頃、球場内に人を発見したファンの男がフェンス越しに事情を聞いた。やはり試合キャンセルだった。球場の照明に不備があったらしい。「明日は、ダブルヘッダーなのか?」の問いにグランドキーパーらしき球場内の男に明確な答えがあるはずもなく、一同は肩をすぼめながら家路に着いた。アメリカではこんなことは珍しくもないようで、誰も声を荒らげることはなかった。いつくるかわからないバスを待つ気力も、灼熱の残る中、歩く活力もない私は、親子連れに頼んでダウンタウンまで乗せてもらった。「俺は日本から来たんだ。あの野茂英雄がデビューした球場で野球を観たかったんだ」と言う私に、運転していた親父は、「覚えているよ。まあ残念だが、ここはカレッジの球場もなかなかのもんだ」となぐさめにもならない言葉をかけてくれる。そのあとはしばし野球談議。よくアメリカには来るのかと聞かれ、昨年もイチローを観にフロリダへ行ったと言うと。高校生らしき子供の方が、「あれは誰だっけ、トロントにいた…」と言うので、あれはカワサキだ、日本に帰ってきてるよと答えた。どうも川崎の名はこのカリフォルニアにも轟いているようだ。少年は、「ダウンタウンって言っても何を食べるんだい?」と聞いてきたが、私は「ぶらぶら歩いて決めるよ」と答える。暑いけど大丈夫?と念を押す少年の声に父親が笑う。「大丈夫だよ」と市バスのトランジットセンターで降ろしてもらった私は、すぐ近くで見つけたメキシカンがやっているハンバーガーショップで夕食をとった。小さなハンバーガーショップにはオーナー家族の写真がいたるところに張られていたが、その中でもひときわ目立つ位置に飾られた数枚の写真はすべてサッカーチームのものだった。

ベーカーズフィールドからアナハイムへ:プロ野球の底辺から頂上への「長い日」(ベーカーズフィールド・サムリンボールパーク、7月18日)

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 トレインロバーズのフェイスブックページを調べると、球場の照明が故障したためのキャンセルだったようだ。それにしても、球場に何のインフォメーションもないのもひどい話だ。まあ、マイナー、とりわけ独立リーグでは別に珍しいことでもないが。 10年ほど前も、テキサス州エルパソの球場に行ったが、直前の大雨で試合がキャンセルになったが、そのときも球場に来ていたのは私と、アトラクションの芸をしに隣のニューメキシコからやってきた手品師だけだったということもあった。 モーテルに帰ってから、どうするか一晩中思案した。翌日、つまり今日はロスに帰り、アナハイムでメジャーのゲームを観て、その足で翌朝のフライトに備え、空港で一夜を過ごすつもりだったのだが、せっかくここまできたのだから、ここでゲームを観たい。今一度ホームページを見ると、翌日もナイトゲームが予定されている。 バスの時刻を調べると、ロサンゼルスのユニオン駅へ行きのアムトラックバスは、夜にはないが、グレイハウンドバスが深夜に運行していることが分かった。但し、ロスのグレイハウンド・バスターミナルはあまり治安がよろしくないと言われているダウンタウンの東にある倉庫街にあり、ここから深夜早朝に空港までの足のある場所までどう出るかが問題なってくる。グレイハウンドの到着は2時前か4時前。調べてみると、ダウンタウンまでは3キロで歩いて行ける距離ではあるが、荷物を担いで歩くのはいかがなものかとも思う。ユニオン駅まで出れば、24時間運航のシャトルバスもあるし、地下鉄も4時過ぎから出ているので、9時のフライトには十分間に合う。結論は出た。べーカーズフィールドでゲームを観て、グレイハウンドでロスに帰ろう。幸いグレイハウンドのバスディーポはダウンタウンのど真ん中だ。明日の朝、チケットを買って(アムトラックよりだいぶ安い)、アムトラックは払い戻そう(往復割引で買ったので、できるかどうかは分からないが)。ここまで決めて床に就いた。 午前1時にベッドに入ったものの、いろいろ気になっていたのか、6時前には目が覚めた。今一度ペコスリーグのホームページと各チームのフェイスブックページを確認する。ところが、まずはホームページのスケジュール表が矛盾だらけであることが分かった。今週の試合にダブルブッキングか多数あるのだ。おそらくキャンセルされた試合を詰め込んでいるので、こう言うことが起こるのだろうが、一体何を信じればいいのだ。おまけに各チームのフェイスブックのスケジュールはホームページと違うものが出てくる。トレインロバーズは、18日にはホームゲームをやると言いながら、フェイスブックの予定ではこの日はビジターゲームをすることになっている。 早朝だったが慌てて各チームに問い合わせのメールを送り、8時になるのを待って、いくつかの球団に電話をする。ホームページのスケジュールでは、この日、ベーカーズフィールドでは、ナイトゲームに先駆けて、12時からトラベリングチームのハリウッド・スターズとナイトゲームのビジターチーム、ツーソン・サグアロスが試合をするとあったのだが、これが正解のようで、ハリウッド球団と電話がつながって確認できた。ハリウッドは第1試合終了後、移動して別の球場でないとゲームに臨むらしい。まるで草野球だ。結局、リーグのホームページ発表が正しかったようだ。 それで、改めて下した決断は、デーゲームを観てからロスへ移動、アナハイムへ向かうという、ハリウッド・スターズと同じ究極の変則ダブルヘッダーだ。幸い、4時のアムトラックバスへの変更は難なくできた。そのまま郊外列車、メトロリンクに乗れば、試合開始直前にアナハイムには到着する。駅はなんと球場横なので、問題ない。 唯一残った問題は、荷物をどこに預けるかだ。最近のメジャーの球場は大きな荷物をもっていると入場できない。昔は預かってもくれたが、期待はできないだろう。ところが、ロサンゼルスのユニオン駅にはコインロッカーすらなく、アムトラックの乗客のみが使える荷物預かりも夜10時に閉まるとのこと、ここで事情を話すと、アナハイムのアムトラック駅(メトロリンクも同じ駅)では12時までやっているので、そこに預かってもらえるとのことだが、果たして本当かはわからない。アナハイムまでは近郊列車のメトロリンクで行くけど大丈夫かと聞いても、ロスまでアムトラックを使うなら、その乗車券を示せば大丈夫と言うので、とにかくこれを信じるしかない。(ベーカーズフィールドの球場。芝生には昨シーズン限りで去っていったA級ブレイズのロゴが残っていた。スコアボードもホームチームの欄はブレイズのままだった) と言うわけで、バスの予約を変更してもらい、チェックアウトの11時までホテルでゆっくりした後、球場へ向かった。最寄りのチェスター&ウェストコロンバスで降りたのは私ひとり、昨日よりは多くの車がスタンド前に停まっていた。試合30分前だがゲートには誰もいない。昨日と違っているのは、開いていることだけだ。大きなミンチの入った袋を担いだ男が入っていくのを見てそれに続く。スタンドの売店で働いているらしいその男は、私に一瞥を送ると、そのままスタンド下売店のドアを開け、入っていった。 どうも、球場を間借りして行うこの試合は木戸銭をとらないようだ。育成目的の日本のファームやこっちのルーキーリーグ以外では初めての経験だ。平日の真っ昼間に試合をしても客など来ないので、こうしているのだろう。チケットを売れば、経費やもぎりの人件費で赤字になるだけだ。これひとつ取っても、このリーグが試合興行で儲けているのではないことがわかる。 そもそもこの試合には、球場の職員は来ていなかった。先ほどの肉を担いだ男は、ホームチームのナイトゲームに備えて、ハンバーガーのパティの下ごしらえでもしているのだろう。両軍にもチームスタッフというのはおらず、朝、電話がつながったハリウッド・スターズの男も選手のひとりで、マネージャー役をさせられているようだった。この日、ここで2試合を行なうツーソン・サグアロスもしかり、監督・コーチがひとりずつと選手しか来ていなかった。クラブチームとなんら変わらない。(イタリア系アメリカ人のサル・パルンボ。ここまで3割をマークしている。イタリアで野球をしたこともないし、イタリア語も話せないが、次回WBCでは代表チームでプレーしたいという希望をもっている) 変わらないといえば、スタンドの風景もそうだ。この試合の観客は、私を除くとなんと8人。それも全員が、選手あるいは審判の家族だ。アメリカの高校野球は、日本のそれのように熱狂的ではなく、普段の試合は、選手の家族とスカウトくらいしか足を運ばないというが、ここにはそのスカウトすら来ていない。 何年か前、このリーグと同じような底辺リーグをアリゾナで観たことがある。メジャーのキャンプ地の球場で行われていたそのナイトゲームの観客は15人。それでも一応チケットは売っていた。案の上、このリーグは翌年には2シーズンの短い余命を終えたが、このリーグが消えて、ペコスリーグが7年も続いているのは、ひとえに選手の報酬が安いからだろう。つぶれたフリーダム・プロ・リーグでは選手に月1000から2000ドルを支払っていたが、ペコスリーグの報酬は、なんと週50ドル。月換算でたったの200ドルだ。一部には倍もらっている選手もいるそうだが、一方でTAXI プレーヤーという、有料でこのリーグに参加している者もいる。おまけにこのリーグでは、通常アメリカのプロ野球では支給される「ミールマネー」という食事手当てやケータリングのサービスもほとんどないようで、トラベリングチームのスターズの連中は、なにやらアルミ箔のケースに包まれた食事らしきものを持ってきたが、なんと中身はパンの「へた」だった。 試合15分前になって、ようやく2人の審判がフィールドに姿を現した。試合開始5分前に両軍の監督と打ち合わせ、試合開始予定の12時に守備側のスターズの連中が守備位置について、3分ほど遅れて試合が開始された。メンバーもアナウンスされることなく、アメリカでは必ず行われる国歌斉唱もなかった。(ベーカーズフィールドのサムリン・ボールパーク。明らかに古くなった球場からは昨年限りでA級チームが去っていった) この日スタンドには両チームの先発投手の父親がともに来ていた。車を2時間ほど飛ばしてやってきたらしい。スターズの先発投手ニック・マイノットの父親が言うには、彼の息子は、23歳。学部を終え、野球史を研究するため修士課程に進んでいるが、もう少しプレーしたいと、トライアウトを受けてこのリーグに進んだという。今シーズンで2年目らしい。一応、より上のレベル、つまりメジャー傘下のマイナーにも進みたいといっているらしいが、どこまで本気なのだろう。振りかぶったあとの体重移動で、極端に利き腕である右肩を下げたかと思えば、左足に体重を移動させ、ボールをリリースさせる直前に軸足である右足が半足分ほど打者側にずれるそのフォームは少しでも前でボールを離したいという意図からなのかもしれないが、リリースの直前にあれだけ軸足がずれるとコントロールはどうなのかと思ってしまう。そもそも、リリース前に軸足がずれるというのは、その時点で前足である左足に体重が乗り切っているということであり、右足でプレーとを蹴るパワーは全くボールに伝わっていないのではないか。少なくとも、彼はこれまで、まともな指導を受けてこなかったことは間違いない。アメリカは、日本と違い、フォームなどに関して細かく言わず、本人のポテンシャル重視とは言うが、突出した才能はともかく、それでは並み以下の選手は伸びて行かないのではないだろうか。(スターズの先発、ニック・マイノット。この試合まで、16試合に登板、2勝2敗防御率5.74) ともかくも、初回は無難に切り抜けたこの投手だったが、2回には早くもホームランを含むつるべ打ちにあい、その後も打たれ続け、4回で降板した。彼の名誉のために言っておくと、この間、エラーがいくつもあった。中には、イージーゴロをサードが大暴投という草野球並みのプレーもあった。打者の拙いスイング、素人以下の打球判断の悪さなど、正直これがプロかと思えるレベルの試合だった。この日は、両軍ともダブルヘッダー、サグアロスはこのままトレインロバーズとのダブルヘッダーに、スターズもまた世界にもまれな変則ダブルヘッダーのために120キロ離れたカリフォルニアシティへ移動していくという。サグアロスの一同は、7時45分開始のナイトゲームまで飯でも食って時間をつぶすのだという。ちなみに、日本の独立リーグでプレーするこのリーグの経験者に、ここでは移動は選手がここに行うと言われていたが、その通り、この日の球場前にはバスは1台も停まっていなかった。ともかくも両軍ダブルヘッダーということで、この試合は7イニング制、3回が終わった時点でまだ時計は12時44分、1本早いバスでロスに戻ろうか思案する。4回終了時点で1時前、勝負は完全についている。点が入っている割には試合のテンポが早いのは、ただ投げて打っているだけだからだろう。 5回表、代わったスターズのリリーフがいきなり打ちこまれたのを見て早めに切り上げることにした。ベンチ外のテントにスターズの選手にアムトラック駅までのバスの時間を調べてもらうと、すぐに来るというので、慌てて荷物をまとめ、通りに走っていく。通りまで出たところで、後ろから来た車がクラクションを鳴らしてきた。「どこまでだい。案内してくれ」先ほど話をした、スターズの先発投手の父親だった。息子が降板したので、もうゲームは見なくてもいいので、昼飯を食うのだという。この町に来るのは初めてだと言うので、昨日夕食をとったハンバーガーショップを紹介した。彼のおかげでせっかく早く駅に着いたものの、北からの列車が大幅に遅れたせいで、連絡待ちのバスも30分ほど遅れて出発となった。(きわめて牧歌的な試合風景)バスが遅れたものの、早い便に乗り直したのが功を奏して試合開始には間に合った。メジャーの試合はさすがに洗練されていて、昼の試合とは全く違う野球が展開されていた。ロサンゼルスのユニオン駅からは試合に合わせた切符を販売していて、球場すぐ横のアナハイム駅まで往復7ドルの割引運賃。切符は自動券売機のみの販売。行きは時刻表どおりの列車。帰りは試合終了30分後にロサンゼルスへの臨時列車が出た。ちなみに、荷物を預かるところはアナハイム駅にはないが、この球場は旅行鞄くらいなら、ゲートで中身をチェックした上で持ち込み可だった。

ペコスリーグを訪ねてアルパインへ(7月19日)

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ロスから朝の便でテキサスはエルパソへ。ほとんど寝てないせいか機内では爆睡。ここは空港ターミナルの隣がレンタカーセンターになっていて非常に便利だ。ネット予約で3日で100ドルってむちゃくちゃ安いと思ったが、請求書は400ドル。保険は要らないと断ったら、ミニマムの保険だけつけられて200ドルちょっとだった。おまけに最近の車は鍵がなくなっていて面食らった。いちいちハンドルの付け根に刺したりしないのだ。ともかくもアルパインに向け出発。ペコスリーグにあって、ここのチームだけはわりときちんと連絡をくれて、もともとの7時からのナイターが、この日は正午と5時からのダブルヘッダーに変更とのこと。何とか第2試合には間に合うだろうと車を飛ばしたが、途中嵐のような大雨で立ち往生。全く前が見えなくなったので路肩でしばらく休憩していた。ひょっとしたら雨で中止かもしれないなと思いつつ、それでも300キロも離れているんだから天気は違うだろうと思いながらハンドルを握る。しかし、途中ちょっと道を間違えたのは致命傷だった。こちらの時計で5時を指したころ、アルパインの町に到着。入ってきた道沿いに球場の照明塔が見えたので、その方向に車を進める。いかにもクラシックな外観のスタジアムには人がいた。ユニフォーム姿も柵越しにフィールドにいるのが見える。ああ、なんとか間に合った。と思ったのもつかの間。しかし。この日も試合を見ることができなかった。試合は終わっていたのだ。聞けば、やはりここでもスコールが降り、5時を待たずに第2試合を開始、たった今終わったということだった。 NPOが運営するこの球団を切り盛りするGMのクリスティン女史は、遠く日本からやってきた私を憐れんでくれて、その後の日程を告げてくれたが、残念ながら次、ここで試合が行われる時には、アメリカを離れなければならない。小さな古いスタンドながら伝統を重んじ木製のベンチを使っているのは一見の価値ありだ。この席に座ってゲームを観ることができなかったことは悔やむに悔やみきれない。こういう場所にはいずれもどってくるのだろうが。この町のチーム、アルパイン・カウボーイズは1946年までセミプロチーム(プロとセミプロのこの国での線引きがどうなのか私にはわからないが。ウィキペディアの記述はおそらく、観光パンフに則っているのだろう)を地元オーナーがプロ化したそうだが、そのいつの頃に断絶した球団の後継としてペコスリーグが発足した2011年にできたのが、現在のチームだ。ペコスリーグは実質2か月の短いシーズンのプロリーグだ。この月末に終わるリーグに際してこの日の試合後、チーム全員の写真を撮るのでどうだと声をかけられ、撮影に臨むことにした。クラシックな球場のスコアボードと球場のメインスタンドをバックに撮影。この日、どんな試合をしたのかはわからないが、クラシックな字体のユニフォーム姿の一堂をファインダー越しに見ると、古き良きアメリカ野球の世界に引き込まれてしまう。結局、陽のまだ沈まない午後6時半に球場を後にした。5時開始で、ダブルヘッダーの7イニング制とは言え、なぜこんな時間に試合が終わったのか不思議だったが、おなじテキサス州ながら西端のエルパソと他のテキサスとは時差があるのを知ったのは、明日のスケジュールを選手に尋ねたときだった。「明日はニューメキシコのアラモゴードだ。1時間時差があるから気をつけろ」この日は、このアルパインに宿をとった。

ベースボールの果て:アラモゴード・グリッグスパーク(ホワイトサンズ・パップフィッシュ対アルパイン・カウボーイズ, 7月20日)

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テキサス州アルパインから北北西へ約600キロのドライブ。東からサクラメント山脈を越え、つづら折りを下ったところにある町だ。人口は3万、国道54号線沿いにモーテルが立ち並ぶだけの小さな町にもプロ野球チームがある。ペコスリーグを巡っていると、よくぞこんな町にと思うようなところにチームがあったりするが、この町もそんな感じがする。ホワイトサンズ・パップフィッシュ。パップフィッシュとはメダカのことだ。町の名は冠さず、近くにある白砂の大砂丘がある国立公園の名、ホワイトサンズを名乗っている。 つづら折りの片道一車線の道を延々と下って5時にようやく到着。ネットで予約していた宿を探そうとハイウェイ沿いの観光案内所に立ち寄ると、ちょうどクローズしたところだった。職員らしき若い女の子が出てきたので、スマホを示して尋ねてみると、でたらめな説明。結局、ショッピングセンターの駐車場で尋ねた初老の男性が正しい案内をしてくれた。昨日と同じ、インド人のスタッフ相手にチェックインを済ませ、とにもかくにも、球場へ向かう。いったん宿に入れば、昨今のアメリカのモーテルはほとんどがWifi完備なので、球場の場所は簡単に検索できる。先ほど走った道を戻り、再度サクラメント山脈方面へ舵を切ってすぐのところにスポーツコンプレックスがあった。最初入った駐車場は、サッカーのグランド利用者のもののようで、移動するはめに。何面ものグラウンドが広がるが、スタンドが見当たらず、どこに野球場があるのかなかなかわからない。 なんとか道を聞いて、野球場の駐車場にたどり着く。先ほど山を下って来たその道沿いだった。それでもまだ、試合が行われる球場がどこなのかいまだはっきりしない。ちょうど車から出てきたグループに声をかけると、はたして彼らが球団のスタッフだった。 歩みの先にはアメリカによくある野球場のコンプレックスがあった。4面のフィールドが背中合わせに並び、中央にはグラウンドの監視塔が建っている。要するにここは観客を集める「スタジアム」ではなく、プレーをする「フィールド」に過ぎないのだ。この町のチーム、パップフィッシュは、このフィールドのうちのひとつのネット裏の桟敷を少々大きくして利用している。そのフィールドにつながる監視塔への通路に簡易の門を置いて、ここにテーブルを置いて木戸銭を取っていた。入場料6ドル。 こんなところでプロ野球が行われているのかと、背後に山々を抱いたフィールドを眺める。先ほど声をかけたうちのひとり、スタジアムDJをしているという、ジョシュ・スチャクコウスキー氏が、いろいろ世話を焼いてくれ、チームに先週入団したという日本人投手を紹介してくれた。彼は普段は地元の会社で働いており、ボランティアでDJをしているらしい。それでもなかなかどうして、そのしゃべりっぷりはプロ顔負けだ。 その選手は、昨シーズン、サンタフェのチームでプレーしていたという。今年もこのチームでシーズンをスタートさせたが、先週リリースを言い渡された。なんでもいつの間にか年齢制限が出来、これに引っかかたのだという。結局、オーバーエイジ枠で、投手不足のホワイトサンズに来たのだという。私が、球場に驚いていると、「いやいや、サンタフェの球場はもっとすごいですよ。スタンドもこんなもんだし、なにしろ狭いんです。ライトなんか80メートル位しかありませんから」とかつての本拠地について教えてくれた。ここは、投手の彼にとっては、受難の球場だったようだ。反対に打者にとっては天国で、このリーグのホームラン王は、だいたいサンタフェ・デ・フエゴから出ているらしい。 地球温暖化も関係あるのだろうか。昨日に続いて、この日も雨が降って来た。ここまで来てまた中止は勘弁してくれ、と思いながら空を見つめていると、試合開始の時間にはとりあえずやんでくれた。 観客は49人。国歌斉唱の後、試合が開始された。ホームランが出るなど、試合は終始地元パップフィッシュのリードで進む。なぜか、投手が打席に入っているので尋ねると、このリーグは、選手不足のためか、指名打者制がないらしい。プレーレベルが高くなるほど、ポジションも専門化が進むが、投手が打席にはいるというのは、このリーグのレベルの低さの裏返しなのだろう。そもそも練習などはほとんどせず、試合ばかりなので、野手もバッティングを強化する機会もない。試合前、パップフィッシュの監督に話を聞いたが、開幕前1週間ほどのキャンプでレギュラーメンバーを決めるのだという。彼は普段はカレッジのコーチをしていて、カレッジの夏休みを利用してこのリーグの監督をしているらしい。このリーグの5月末から7月までというシーズンの短さは、選手や指導者の仕事や学校の都合も考えてのことなのだろう。 試合に戻ると、8回まで6対5でリードしていたパップフィッシュだったが、抑えとして出てきた投手が、いきなり3四球でノーアウト満塁とした後、タイムリーを浴びて逆転を許すと、その後のリリーフもつるべ打ちにあい、5失点を喫して逆転負け。このリーグの一番の特徴だが、とにかく投手力、守備力が弱く、大味な試合が多い。両軍ふたケタ得点というのは日常のことだ。 そんな大味な試合だったがスタンドのファンは思い思い楽しんでいた。連れてきた犬と戯れる者、スタンドでおもちゃを広げて遊ぶ子供、ビール片手におしゃべりに興ずるもの、野球は人々が楽しむためのきっかけに過ぎない。7回のストレッチタイムには、スタンド後ろの監視塔から、集まったファンにドーナツが投げられるというサービス。地面に落ちないようにDJ氏がひとりひとりのファンに手渡すようにドーナツを投げ落としていく。子どもたちは大喜びだった。少ない観客につたないプレーのプロ野球だが、選手、ファンが一様に楽しそうな顔をしているのを見ると、こういう「手作りプロ野球」もそれはそれでいいように思えた。  そんな様子を金網に腕をかけて眺めていた老人がいた。声をかけると、何人かの選手をホームステイさせているという。この老人の言葉を最後に記しておく。「わしは、マイナーリーグが好きなんだ。選手が近いからね。メジャーじゃ、選手と気軽に話せるなんてことはないだろ。わしは野球がすきなんだ。だから若い選手に部屋を提供するんだ。別に金をつかうわけじゃないしね。それでいいんだ」

大きなアピール 【読売ジャイアンツ3軍 9-9 BFL選抜 ジャイアンツ球場】

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  1 2 3 4 5 6 7 8 9 R H E BFL 2 0 2 0 3 0 0 0 2 9 11 1 G 0 1 0 6 0 2 0 0 0 9 13 2 バッテリー BFL:井川(兵庫)3 2/3-齋藤(兵庫)0/3-永井(和歌山)1 1/3-黒田(兵庫)2-田中優(大阪06)1-金城(和歌山)1 森川(兵庫)、田井(大阪06)、高橋(和歌山) G:高井(3)-ソリマン(2)-田中大貴(2)-山川(1)-廖(1)  高山、鬼屋敷関西を基盤とする独立リーグ、ベースボールファーストリーグ(BFL)の選抜チームが読売ジャイアンツの3軍とジャイアンツ球場で29日と30日と対戦するということで行ってきた。こういう試合の場合、勝敗もさることながら選ばれた選手たちがいかに自分のパフォーマンスを発揮して、アピールして将来につなげるかも重要だ。例えば、ジャイアンツの4番手で登板した山川和大は今回の相手であるベースボールファーストリーグ(BFL) 兵庫ブルーサンダーズ出身だが、去年や一昨年の交流戦で自分の才能をいかんなく発揮しているのが印象として残っている。才能をいかんなく発揮していると感じた選手の一人が兵庫ブルーサンダーズから選ばれた田中燿飛だ。3回のセンターへのドデカい2ランホームランもさることながら、4回に先発 井川の乱調などで6点を失い、逆転された直後の5回に同じセンター方向に同点となる3ランホームラン。読売ジャイアンツの公式Facebookページで配信されている中継を観たのだが、阿波野コーチも警戒するバッターの一人として彼の名前をあげていたらしい。そうやって警戒されながらも才能を発揮したのは賞賛に値する。この試合では5打数4安打(2本塁打)6打点長距離砲のダイヤの原石ここにありということころだろうか。※BFLでの田中燿飛の成績 21試合 73打数31安打(打率.425)本塁打8打点24 もう一人、これはと感じた選手が和歌山ファイティングバーズから選ばれた永井達矢だ。4回途中、3番手として急遽の登板だった。しかし、その投球練習の1球目。ジャイアンツ球場のスピードガン表示は126km。しかし、それ以上のスピードを音で感じた。球威があるのだろう。左のサイドスローから繰り出すコントロールは悪くない。彼が登板した場面はベースボールファーストリーグ(BFL) が4-1と先制しながらも6点を失い、2アウトながら満塁という場面だ。まさかの予想外の登板だったろうが、非常に冷静に振る舞っているように感じられた。柿澤をピッチャーゴロに抑えて満塁のピンチを切り抜けると、同点に追いついた5回は高山、和田を連続三振に抑えて無失点(打者4人。被安打1奪三振2内野ゴロ1 被安打は1あるが走塁ミスでアウト)彼のような左のサイドスロー投手がほしい球団にはいいアピールになったのではないだろうか。

BCリーグ・栃木 元LGのキム・ジョンテク投手に会いに

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【お知らせ】試合結果や主なブログ内容は2016/6/16からLINE BLOGの「室井昌也(韓国プロ野球の伝え手)オフィシャルブログ」に掲載しています。また本ブログは本文が意図せず途中でページ分割されてしまいます。分割されない表示がご希望の場合はLINEブログをご覧ください。<本文>今年4月、ソフトバンク、楽天でプレーしたキム・ムヨン元投手がBCリーグの栃木ゴールデンブレーブスで投手コーチを務めているということを記しました。→「BCリーグ・栃木キム・ムヨン投手コーチ(元ソフトバンク、楽天)に会いに。など」(2017年4月25日のブログ)その栃木に6月23日、群馬からキム・ジョンテク投手(元LG)が移籍し、先日、取材をしに会ってきました。韓国の現場をメインに取材する中で、時折、BCリーグにおじゃますると、新たな発見や興味深いことが見つかったりして楽しいですね。特に今年は栃木と宇都宮線へと、空からの見えない力でひっぱらられているので自然と足が向きます。キム・ジョンテク投手について詳しくはスポーツ朝鮮のコラムに記しましたので、ご興味ありましたら(韓国語ですが)ご覧ください。→元LGキム・ジョンテク、BCリーグで韓国復帰目指す(スポーツ朝鮮) LGでの3年間で一軍登板がなく戦力外となったキム・ジョンテク投手は、キム・ムヨンコーチとKBOリーグ復帰を目指して取り組んでいます。キム・ジョンテク投手は高校1、2年と岡山共生高校に通っていたので、日本で違和感なく生活しているようです。北関東にお住いの方は応援に行かれてはいかがでしょうか?★2016/7/5スタート!『室井昌也の韓国野球を観に行こう!』(ラジオ日本毎週火曜日午前11時05分から。「Hello!I,Radio(ハロー!アイレディオ)」内)→【コラム】「室井昌也 韓話☆球題」(日刊スポーツモバイル「ワールドベースボール」)2009年3月から→【コラム】「室井の近くて遠い韓日野球」(スポーツ朝鮮)2006年3月から★運営サイト★韓国プロ野球応援サイトストライク・ゾーン★Facebookページ★ストライク・ゾーン★著書★2017年で14年目!『韓国プロ野球観戦ガイド&選手名鑑2017』★著書★『ラジオのお仕事』2015年10月発売!★著書★『交通情報の女たち』2014年11月発売!★個人サイト★室井昌也★たまに球界情報もつぶやいてます★室井昌也 (muroi_m) on Twitter ★観戦ツアー今年は8/11~★個人旅行では味わえない体験を「韓国プロ野球観戦ツアー」

~東京五輪の予選はもう始まっている~ 欧州選手権Bプールはリトアニアとオーストリアが優勝

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開催国として東京五輪への出場が決まっている日本は稲葉篤紀監督の就任が先日発表されましたが、実はヨーロッパでは東京五輪を目指した戦いが始まっています今回の野球競技の参加国はわずか6チーム。この少ない出場枠を巡った熾烈な争いがこれから徐々に世界各地で始まっていくわけです。ヨーロッパ野球の国別対抗戦であるヨーロッパ選手権はAプール、Bプール、Cプールとレベル別に三つのカテゴリーで構成されています。言い換えるとAプールが1部リーグ(欧州選手権本大会)、Cプールが3部リーグってことですね。 2年おきに行われるこの欧州選手権の結果によって上位カテゴリーと下位カテゴリーの入れ替えが行われるわけです。既に2019年に行われる欧州選手権本大会(Aプール)は東京五輪のヨーロッパ予選として行われることが決まっており、今回行われたヨーロッパ選手権Bプールの上位チームはAプールに昇格することが出来ます。つまり、このBプールも立派な「東京五輪予選」と言えるわけです。まあ、どこまで戦っている側にその意識があるのかは分かりませんが。さて、さっそく結果を見てみましょう。ヨーロッパ選手権Bプール 1組1)オーストリア2)イスラエル3)スイス4)ブルガリア5)セルビア6)ギリシャヨーロッパ選手権 Bプール 2組1)リトアニア2)ロシア3)スロバキア4)ベラルーシ5)ポーランド6)ウクライナ Lithuania 🇱🇹 wins Euro Baseball B-Pool against Russia 🇷🇺 ! pic.twitter.com/HXfBcW3fPi— Baseball Europe (@BaseballEurope) 2017年7月29日各組ごとに総当たりで対戦したあと、1位と2位が決勝戦を行いリトアニアとオーストリアがそれぞれ優勝を果たしました。で、このリトアニアとオーストリアが2019年に行われる欧州選手権本大会の切符をかけて来年対戦するようです。国名と順位をズラっと並べられたところでピンとこない人も多いですよね。オランダにイタリアにドイツあたりが野球をやっていることは知っているけど、こういった国にも野球があるイメージがあんまりない人も多いと思うのですが、そういった人が想像するよりははるかにちゃんとした野球にはなっているのがこのBプールのレベルだと思います。同好会のようなレベルではなく、主力級のピッチャーは130キロクラスですし、内野の守備もイージーな打球はしっかりアウトにしてくような水準にあります。僕も全てを知っているわけではないのですがざっくりとしたイメージはこんな感じ。Aプールに常に残っているチームとはまだまだ大きな大きな壁があるのですが。個々のレベルだとプロの選手も輩出しています。ロシアだったらエースのアンドレイ・ロバノフはツインズの1Aでプレーしていたわけですし、スロバキアのジェイコブ・イソルドは元レッズの傘下、ポーランド代表のアルトゥール・ストラザルカは現在香川オリーブガイナーズでプレーしている元マイナーリーガーです。荒削りですが左でコンスタントに140キロを超えてきます。リトアニアに至ってはとうとう6月にドビダス・ネブラウスカス(パイレーツ)がメジャーリーグに昇格を果たしました(ちなみに今回のリトアニア代表の監督は彼の父親だと思われる)。今挙げた選手も含めて全てピッチャーなのですが、MLBと契約に至るレベルの選手を輩出出来ているわけですね。 Bプールはあまり力の差がなく、そんなに1位と6位のチームで全然レベルが違うということはない。 2組で6位に終わったウクライナはちょいちょいAまで上がってきていましたし、ギリシャも昨年はAプールにいたのに一気にBプールの最下位まで滑落してきてしまいました。ギリシャはアテネ五輪をきっかけに野球の協会が出来て、ギリシャ系のマイナー選手を中心とした編成でヨーロッパ選手権本大会の2位になったことまであります。アテネでは日本ともそこそこいい勝負なってましたよね。ところが、協会の方針が変わったのか、ギリシャ系の選手を集めるための資金がなくなったのか分かりませんが、ギリシャ国内でプレーする選手だけでチームを編成するようになったようで、昨年のAプールでのボロボロっぷりに続き今回のBプールでも大敗の連発で最下位に終わってしまいました。 WBCで躍進を見せたイスラエルもオーストリアに敗れてAプール昇格はなりませんでした。WBCの方で唯一のイスラエル出身選手だったシュルモ・リペツも出場しています。イスラエルを破ったオーストリアは日本人の坂梨広幸さんが率いるチームでした。結局話をざっくりまとめると、イタリアやオランダ以外にもそれなりのレベルの野球が欧州各地にはたくさん存在しているってところでしょうか。それぞれ週末を中心としたオーガナイズされたリーグ戦が行われていて、ナショナルチームはレベル別にカテゴリー分けされてそれぞれの目標を満たすために戦っていると。東京五輪に出場する6チームはこういった国の野球も含めた代表であるという風に考えれば、オリンピックの野球を見る上でより深みが出てくるのではないでしょうか。知っている人は当然のように知っているのでわざわざ言う機会もなかったのだけど、ヨーロッパの国際大会の細かいスコアとか速報とかスタッツはここで見れます https://t.co/ZoJhPrasf0— 世界の野球 (@sekainoyakyu) 2017年8月1日

エルパソの想い出

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(エルパソ・チワワズのチームショップで売られている。ディアブロスのアパレル) ついにエルパソまでやってきた。「ついに」と言っても、この町にはもう何度も来ている。ただ、この町で野球を観るのが「ついに」なのだ。これまでにこの町で野球を観ることを3度試みて失敗している。 この町にはかつて「ディアブロス」という2Aのチームがあった。手元にある古いベースボールカード、それは私が初めてアメリカに言った1991年、サンフランシスコのダウンタウンにあるジャイアンツチームショップで買ったマイナーリーグのカードだったが、そこにはこのチームのユニフォームを着た、のちヤクルトで活躍するジム・テータムの姿があった。 その2年後、再びアメリカに渡ったとき、マイナーリーグのボールバークを網羅したガイドブックを買ったのだが、そこにはエルパソ・ディアブロスの球場がダウンタウンからほど近い動物園の横にあることが記されていた。 そして1995年、この時は2か月半ほど北米の球場をさまよったのだが、メキシコから列車で国境の町、シウダーフアレスに行き、そこからリオグランデを渡ってアメリカに入った。入国審査はアメリカへ行くメキシコ人でごった返し、2時間ほど入国にかかったのを記憶している。 ユースホステルに投宿し、そこでディアブロスのスケジュール表を見つける。それを見ると、ちょうどその日が2Aのオールスターで、ホームゲームのしるしがあった。これは観に行かねばと、宿にいた日本人とともに、人に聞きながらバスに乗って球場にいったが、そこは動物園近くに旧球場で、路肩の車の周りでビールをあおっていたメキシカンに聞くと、どうやら新球場が郊外にできたことがわかった。その酔っぱらったメキシカンが、5ドルずつ出せば連れてってやると」というので、不安ながらその車に乗ったが、高速を10分ほど行った郊外の山の中(本当にそういう印象だ)にある球場は、もぬけの殻。どうやら、スケジュール表のホームゲームのしるしは、ディアブロスが属する地区のどこかの球場でオールスターが行われると言う意味だったようで、そのまますごすごと動物園まで帰ることになった。酔客ドライバーは「帰りも5ドル」と言ってきたが、断るとさすがにそれ以上は要求せず、我々をダウンタウンからずいぶん距離のあるところで降ろした。この日は確か休日で、最終バスは日没直後だったのだが、その終バスも速く仕事を終えたいのか、手を挙げる我々を無視して走り去っていった。ホステルまで4,5キロあっただろうが、夜道を誘った日本人とトボトボ歩いたのだが、誘った手前、非常に気まずかったのを覚えている。ネットのない時代、マイナーリーグ観戦はこういうことはしょっちゅうだった。(新球場のラジュジュアリーボックスの壁面に飾られているコーエンスタジアム時代の絵) 2回目は2006年だったはずだ。2Aのディアブロスはすでにエルパソを去っていた。ダウンタウンからあまりに遠い球場に立地は集客に適さなかったのだろう。車がなければ、帰りはヒッチハイクかタクシーくらいしかダウンタウンへの足がない。代わりに独立リーグのアメリカンアソシエーションの「ディアブロス」だった。この夏は、メキシコのマイナーリーグ、「リガ・ノルテ・デ・ソノラ」のチームがシウダーフアレスにでき、確か同日にメキシコでデーゲーム、アメリカでナイトゲームがあったと記憶している。なので、フアレスのチームとディアブロスの試合を観ようと宿代の安いフアレスに宿をとった。この時も結局は空振りに終わった。 デーゲームのフアレス・インディオスは、実はフアレスのチームはサブフランチャイズを持っていて、運の悪いことにこの日、別の町でホームゲームをしていた。球場でそのことを知り、しかたなくエルパソへ。市バスに乗ること1時間。試合開始2時間前くらいに11年前訪ねたコーエン・スタジアムに到着したが、その直後に強烈なスコール。今回の旅でも経験したが、砂漠のイメージのあるテキサス、ニューメキシコだが、実は夏の間、しばしば強烈な集中豪雨に襲われる。1時間ほどして雨は止んだが、試合は中止のようで、球場には選手はおろか、スタッフさえ来なかった。私は、連絡を受けていなかった、この日のアトラクションのためニューメキシコからやって来た手品師とふたり途方に暮れ、すごすごと市バスに乗ってダウンタウンに帰った。 翌日もひどい大雨で、長距離バスでフアレスの町を出るころには町の道路の半分ほどは冠水していた。この雨が記録的な豪雨であったことは町を出てから、テレビのニュースで知った。この雨のせいで、フアレスのチーム、インディオスは身動きが取れなくなり、このあとのビジターゲーム、私は、ソノラ州のソノイタという町で、またもや待ちぼうけをくらうことになった。 そして、3回目、2013年。さすがに3度目の正直で、コーエン・スタジアムで野球を観ることができると思っていた。が、この時は私の方が大ドジを踏んでしまった、前日、フェニックス郊外のグッドイヤーで独立リーグの試合を取材したのだが、球場にカメラとレンズを置いてきてしまったのだ。夜中にレンタカーをすっ飛ばして球場に戻ったのだが、もちろん、すでに閉まっている。塀を乗り越えて心当たりのある、ネット裏あたりを探したのだが、真っ暗闇の中、やはり見つからない。おまけに球場を出る際、こんな時間に人気のないところに車があるのはおかしいと、パトカーに追われる始末。 球団GMに電話すると、翌朝10時に球場の整備があるので、その時に戻って来いとのことなので、諦めてこの夜は近くのモーテルに宿をとった。このせいで、結局エルパソにはバスの乗り換えで30分しかいることができず、もちろんのこと球場へは行けなかった。 その何度チャレンジしてもかなわなかったエルパソ・コーエン球場での観戦だが、今ではもう叶わない夢となってしまった。近年、ダウンタウンの再活性化のためスタジアムを建設してプロ野球チームを誘致する町が増えているが、エルパソも3Aチームの誘致を決定、ダウンタウンの駅周辺の用地にいわゆるネオクラシックの新球場・サウスウェストユニバーシティ・パークを建設したのだ。
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