この夏のヨーロッパ野球取材では、イタリア野球連盟のマルコ・ランディ氏にインタビューをすることができた。そこで耳にしたのは、せっかくできたプロリーグ、イタリアン・ベースボール・リーグ(IBL)の「解体」だった。このリーグは、2010年に従来オープンリーグ(サッカーと同じく上位リーグと下位リーグの入れ替えのあるリーグ)の「セリエ」を再編し、アマチュア(と言っても、有給の選手はいてもよい)リーグはそのまま残し、トップリーグ、「セリエA」のトップチーム8球団で「プロ球団」として入れ替えのないクローズドリーグを発足させたものである。しかし、これをイタリア野球連盟(FIBS)は廃するのだという。それについて、FIBSの広報担当・マルコランディ氏とのやり取りを掲載する。
(マルコ・ランディ氏)――IBLを解体って、どういうことですか。「実は、現在のプロリーグ、IBLのコンセプトじたいは2005年に立ち上がりました。そして、2007年シーズンからは、トップリーグを下部リーグと切り離し、クローズドリーグ(下位リーグとの入れ替えのないリーグ)にして、名称もイタリアン・ベースボール・リーグに改めました。しかし、その試みはうまくいきませんでした。来シーズンからはリーグの名称も変わると思います。これからは、下部リーグとの昇降格のある昔の形に戻すつもりです、トップリーグに属するチーム数も10から12チームに、現在よりも増やすつもりです」――我々の情報ではIBL発足は2010年となっていますが。「いえ、2007年からです」――その理由は何なんでしょうか?「一言でいうと、イタリアでは野球でのビジネスは難しかったということです。スポーツの普及とビジネスとの融合はこの国の野球ではまだ困難だったおいうことです。
IBLを始めるにあたり、アメリカのMLBから資金が入ってくると言う話でしたが、実際はMLBはIBLに投資することはありませんでした。テレビ局との独占契約もかないませんでしたし、スポンサーもなかなか集まりませんでした。プロリーグという試みを行いましたが、2年目の2008年にイタリアを襲った景気悪化は逆風でしたね」――来年からはどのような形態にする予定なのでしょうか?「今までを反省して、まずはいろいろな町のチームを呼び戻します。我々はプロ化を目指すあまり、それぞれの町のチームには、それぞれの歴史や伝統を置き去りにしていました。それを取り戻すのです」 ヨーロッパ初のプロリーグとして発足したIBLだが、その現実は従来のセリエAと大差ないものだった。クローズドリーグとしたほか、各チームには2軍の保有を義務づけられ、選手は原則有給、公式戦にもチケット販売が義務付けられた。試合も土曜1試合、日曜ダブルヘッダーの週3試合制から、試合数は変わらないものの、金曜からの3連戦とプロとして入場料収入を稼げる機会を多く設けるようになった。レギュラーシーズン終了後のプレーオフは、5戦3勝制から7戦4勝制に拡大、平日木曜にも試合を行うなど、興行重視の方向性が読み取れるようになった。 しかし、現実は厳しいものだった。私は2012年にIBLを取材したが、「イタリア野球の都」、ローマ郊外のネットゥーノや、野球が盛んなサンマリノ、リミニという隣町同士のダービー決戦となった決勝シリーズは多くの観客(それでも500~1000人ほど)でにぎわったが、これらの球団に並ぶ強豪、ボローニャでさえ、外国人投手の登板日で、一番集客の見込める金曜のナイトゲームでさえ、せいぜい200人程度の入りで、プレーオフに進出できなかったチームから試合を始めてゆくトーナメント大会、「イタリアンカップ」の試合などは、数十人しかスタンドにいないという状態だった。 チケット販売が義務づけられ、経費の方がかかるからと、IBL参入をしなかった球団もあったようで、この規則はいつの間にかなくなり、今年訪ねたノヴァーラでは、すでにチケットの販売をやめていた。 それでも、ノヴァーラは選手への報酬の支払いだけは、プロ球団としてやっているというが、5年前に取材したときでさえ、実際は何人かの選手はノーギャラでプレーしていた。ギャラをもらっている選手も、その多くは本業を他にもっており、IBLはプロ化したというものの、実際は、セリエA時代とさして変わらない、アメリカの感覚では「セミプロ」(毎日試合のあるアメリカではプロリーグとはシーズン中は野球に専業するものをいう)段階を脱することはなかった。 2軍の保有も、現実は、既存のアマチュアクラブと契約を結び、リザーブの外国人選手や調整中の選手を預かってもらい、ファームリーグであるIBL2を行っていただけで、そのレベルはトップアマとなったセリエAをはるかに下回るものだった。 そういう現実の前にイタリア野球連盟は、原点回帰へ舵を切ったようだ。 かつてのセリエの時代は、日曜のダブルヘッダーでは、第1試合が終わると、ホームチームが、ビジターチームを食事でもてなし、ワイン付きのランチがいつまでも続いていたらしいが、そういう牧歌的な風景が彼らのいう「伝統」なのかもしれない。 さずがに試合間のワインはないが、現在も、このホームチームによる「おもてなし」は続いている。しかし、「プロ化」以降は、かつてのようなのんびりしたものではなくなっているようだ。そういえば、オランダでも、試合後は、スタンド下のバーには、ファンや選手の親族に交じって選手たちが集まっていつまでも歓談に興じていた。その中には、3月のWBCのメンバーも混じっていた。 そういう牧歌性こそがヨーロッパ野球の原点なのかもしれない。
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