日本:世界第2のパワーハウス その国にどのスポーツが根付くのかは、産業化の過程においてどのスポーツが浸透したかによると言われている。この場合の「スポーツ」とは欧米発祥の近代スポーツのことを指すのであるが、東アジアの場合、ヨーロッパとの距離の遠さゆえ、近代産業化を他国の先んじて果たした日本には、アメリカン・スポーツである野球が浸透し、その植民地支配を受けた台湾、朝鮮半島に根付いていった。また、日本において、ベースボールというスポーツは、「野球道」の言葉に象徴されるように、「グローカル」な発展を遂げ、戦術面においても、西半球のパワーベースボールとは対照的な、スモール・ベースボールを発展させていった。その洗練されたスモール・ベースボールが、世界最高レベルにあることは、2006年に始まったプロ主体の世界大会、ワールドベースボールクラシック(WBC)において、過去4大会すべてにおいて、上位4チームによる決勝トーナメントに進出、うち2回優勝という結果にも表れている。 2015年シーズン、日本にはファーム組織を擁するNPBの12球団に加え、四国アイランドリーグplus(以下IL)、ルートインBCリーグ(以下BCL)の2つの独立リーグがプロリーグとして存在していた。これらのリーグには合わせて1203人の選手が在籍していた。この数字は、前回2008年の調査と比べ、57人増加している。その増加分の内訳を見ると、NPBが45(836→881)、独立リーグが12(310→322)である。NPBの球団数や支配下選手の規定は、この間変わっていないので、増加分は育成選手の増加にあると思われる。独立リーグの増加分も考え合わせると、日本において、プロ野球選手のプレーレベルの下限はこの人数分だけ下がっていると言うことができる。 外国人選手の割合は、全体で10.2%(123人)、うちNPBが8.9%(79人)、独立リーグが13.4%(43人)である。2008年シーズンとの比較では、NPBは前回8.5%と大差ないのに対し、独立リーグでは、5.2%(16人)と激増している。発足当初(IL,2005年、BCL,2007年)は、日本人選手だけでリーグ戦を行っていた独立リーグだが、その後、外国人選手に対しても門戸を開くようになり、近年は、リーグの生き残り戦略としてむしろ国外からの選手の受け入れを積極的に行っている。この結果は、そのことを裏付けている。 NPBに所属する外国人選手の出身地の内訳が、北米、中南米、アジア太平洋地域に大別されることは2008年調査時と変わりないが、その割合において大きな変化が読み取れる。前回調査において、半数を占めた米国、カナダの北米出身者が38.0%と大きくその割合を減らしている。それに対し、中南米出身者は、その代表格であるドミニカ、ベネズエラとも増加、これに前回はなかったメキシコなども加わり、地域別で言えば、北米を上回り、約半数を占める一大勢力となっている。北米、中南米出身者はともに、MLBを頂点とする北米プロ野球から移動してくる者たちであるが、日本にしろ、米国にしろ、言語的文化的に異なった文化圏に「出稼ぎ」に出向くことになる中南米出身者にとっては、北米のマイナーリーグでプレーするよりも、好待遇を期待できるNPBは年々魅力的になってきていることがこの数字からもうかがえる。 また、中南米諸国について言うなら、2008年にはゼロだったキューバ出身者が、8人と激増していることは特筆すべきことであろう。この数字は、米国の29人、ドミニカの15人に次ぎ、ベネズエラと並ぶもので、今やキューバは日本のプロ野球へのタレント供給源となっている。 1959年の革命以来、アメリカと袂を分かち、社会主義国としてステート・アマによる野球システムを構築してきたキューバは、国内選手のプロとしての国外流出を許さなかった。しかし、2013年9月に制限付きではあるがこれを解禁、この翌年には、ながらく代表チームの主砲を務めたフレデリック・セペダが、巨人に入団している。 現行のキューバ政府が間に入るかたちでの、選手の国外への移籍は、あくまでキューバ国内リーグの球団にも籍を置いたままでの「レンタル移籍」で、選手の報酬も政府が移籍先球団と交渉し、その一部は収公される仕組みになっている。そのため、正式なルートを通しての国外でのプレーの道筋ができたのにもかかわらず、より自由な立場での移籍を求めた亡命者は後を絶たず、2009年にメキシコに亡命したレスリー・アンダーソンがセペダと同時に巨人に入団している。彼らが来日した2014年には、オバマ政権よって、米国・キューバ間の国交正常化交渉の開始の意向が表明され、翌2015年7月にはこれが実現されている。トランプ政権への交替により、両国の関係改善は先行きが見えなくなってきているものの、グローバル化の進展の中、キューバ発の選手移動のフローは今後も増加していくことが予想され、いまだ正式なルートでのアメリカへの移籍がなされていない現状にあっては、キューバのトップ選手にとって、NPBはメジャーに次ぐ目指すべきゴールであり続けるだろう。 また、2008年には1人だったブラジル出身者が、3人まで増加していることは、欧州からの2人の選手を合わせて、NPBのスカウティング網が確実に広がっていることを示している。その一方で、韓国、台湾が計8人にとどまっていることは、東アジアのプロリーグ間で選手の流動性がまだまだ小さいことを示している。 独立リーグについて言えば、先述したような、国際化の目論見の結果、多少の効果を生んでいるようだ。前項で、欧州からNPBへの選手移動をNPBのスカウテゥング網の拡大ととらえたが、これはNPB球団が世界各地にスカウトを派遣しているといわけでなはなく(但し福岡ソフトバンクホークスは、中南米にスカウトを派遣している)、選手獲得の地理的範囲を地球規模に拡大しているという意味である。実際、欧州出身者の2人、アレックス・マエストリ(当時オリックス)、リック・バンデンハーク(福岡ソフトバンク)は、ともにアメリカでプロとしてのキャリアを積み、それぞれ、日本の独立リーグ、韓国プロリーグを経由してNPB入りしている。現在、独立リーグには、球団の生き残り戦略もあって、世界各地からの選手を受け入れ、NPBにも選手を送出している。 その独立リーグの、「多国籍化」の進展には目を見張るものがある。 2008年シーズンは、外国人選手の6割が韓国出身、あとは、台湾、ドミニカ、オーストラリア、ジンバブエの計5か国からの選手が日本の独立リーグでプレーしていたに過ぎなかったのが、2015年シーズンは、米国、オーストラリア、ドミニカ、ベネズエラ、キューバ、エルサルバドル、ブラジル、韓国、台湾、タイ、ミャンマー、スペイン、ブルキナファソの実に、13か国からの選手が独立リーグに集っていた。 先に論じたように、日本における「プロ」の下限が拡大したことは、従来プロレベルの技能しか持たなかった選手にもプロとしてプレーするチャンスが現れたことを意味するのだが、そのような選手の受け皿としても独立リーグは機能していると言える。球団によって姿勢には違いがあるものの、独立リーグ球団の中には、純粋な戦力としてではなく、野球途上国である欧州から選手のレベルアップのためこれを受け入れたり、開発援助の一環としての途上国への野球普及活動への協力の一環として選手を受け入れる球団があるが、このこともこの「多国籍化」の要因となっている。また、ここでも、従来なら、北米プロ野球でプレーしていた、北米、ラテンアメリカ、オーストラリアの選手が増加しているが、これも、「第2のパワーハウス」である日本のトップリーグ、NPBへの踏み台として独立リーグが認知されていることの証であると言える。
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