・メキシコ:北米野球の労働力貯水池 その地理的環境からアメリカの影響を歴史的に受けてきたメキシコは、1925年からという長いプロ野球の歴史を持つ。 この国のプロ野球リーグの特徴は、年を通じたリーグ戦興行の開催と、夏季に行われるトップリーグ、リガ・メヒカーナ・デ・ベイスボル(LMB)を頂点とした独自のピラミッド型の組織をもつ点にある。 歴史的経緯から、現在、LMBはリーグごとオーガナイズド・ベースボールの一部に組み入れられ、3Aの格付けがなされているが、加盟各球団はMLB球団と選手育成契約を結んでいるわけでなく、リーグの運営も北米野球から独立して行われている。 このLMBをトップリーグとして、そのファームリーグとして春季にクラッセA(A級)、秋季にリガ・ルーキー(ルーキー級)のリーグ戦が、LMBが運営するアカデミーの選手によって行われ、これらのリーグの上級リーグとして、夏季のリガ・ノルテ・デ・メヒコ(LNM)、冬季にリガ・インビエナルが実施される。これらの他、LMBから独立した組織であるリガ・メヒカーナ・デ・パシフィコ(LMP)とリガ・ベラクシアナ(LVB)も冬季リーグとして開催されている。メキシコ人選手は、これらのリーグを各々の力量に応じて、年を通じて渡り歩き生活の糧を得ている。 以下では、ロースターが確認できたLMBとそのファームリーグであるLNMの二つの夏季リーグにおける選手の国際移動について述べていく。 両リーグのロースターの897人のうち、外国出身の選手は21.1%にあたる189人であった。この数字は2008年の12%(98/818)から倍増に近い伸びを示している。ドミニカ(29人→50人)、ベネズエラ(29人→40人)といった同じラテンアメリカの国々からの移動も増えてはいるが、さらに目立つのはアメリカ(24人→66人)、キューバ(2人→21人)からの移動の増加であろう。国別で見た場合、最多はアメリカ出身者であるが、彼らの大半は二重国籍のメキシコ系アメリカ人と考えられる。それは、彼らの数だけで、メキシコプロ野球の外国人枠を越えてしまうからである。円グラフにはしていないが、トップリーグであるメキシカンリーグの外国人枠は1チーム4人である。全16チームの外国人枠は64ということになるが、このシーズンの外国出身者の総数は141。アメリカ出身者だけでも55人である。ちなみに下部リーグにあたるLNMにはアメリカ出身者は8チームで11人しかいない。彼らにとって、メキシコプロ野球は、MLBというスポーツセレブの夢が破れたあと、現役引退までの格好の稼ぎ場になっていることがこのことからもうかがえる。LNMのアメリカ出身者が少ないのは、このリーグより稼げる場が北米内に期待できるからであろう。キューバについて言えば、国内選手の国外プロリーグへの移動が条件付きで解禁されたとは言え、まだまだキューバ人選手の「輸出」は、例外的なものにとどまっている。この状況を考えれば、この7年で急増したキューバ出身者のほとんどは、亡命者であることが考えられる。外国人選手の約1割を占めるこの国の出身者は、北米プロ野球を目指しながらも、それがかなわなかったか、あるいは、北米での成功の通過点としてこの国でのプレーを選んでいるものと思われる。また視点を変えると、アメリカ人以外の外国出身者は、すべてラテンアメリカ出身者である。メキシコプロ野球に身を投じる外国出身者のほとんどはMLBとその傘下のファームでプレーした経験をもつものである。先述のとおり、LMBは、MLBから独立した運営を行なってはいるが、北米マイナーリーグの統括組織であるナショナル・アソシエーションに加盟していることが示すように、北米野球への選手供給の役割を担っている。そのため、各球団は、業務提携を結んだMLB球団からマイナー選手を受け入れてもいる。また、MLB球団との契約にこぎつけなかったベテラン選手の受け入れ先としてもメキシコプロ野球は機能しているのである。中南米カリブ地域からの移動の多さは、MLB球団直営のアカデミーリーグ以外では、この地域唯一の夏季プロリーグをもつことに加え、言語・文化的近接性のため、この地域出身者にとって、MLBへの上昇移動の通過点、あるいは北米野球からあぶれた場合の避難先としてメキシコプロ野球が機能していることを示していると考えられる。
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