(試合前、ボランティアの地元大学生との記念写真におさまる西アフリカナイン) まだ夕暮れと言うには早い午後6時3分に試合は開始された。(試合前には日本のほか、ブルキナファソ、ガーナの国歌が流れた)この日は、アフリカからのチームが相手とあって、「人権啓発デー」と銘打ち、試合前と試合中のイニング間の2回、差別をなくそうという横断幕の掲示がフィールドでなされた。こういうところでも独立リーグは確実に社会に貢献している。(試合前の記念撮影)高知先発丸山の前に、1,2番とピッチャーゴロでやはり力の差を見せつけられ、ヒットが出るだろうかという不安さえ375人の観衆の頭をよぎったが、3番のアミールが三遊間の1番深いところに転がし、内野安打。これにはスタンドも沸いた。アミールはこの後、第2打席でも、きれいなセンター前ヒットを放つなど、3打数2安打の大活躍だった。 西アフリカの先発は、ガーナ人のヘンリー。 彼が野球を始めたのは8年か9年前だという。ガーナには、日本、アメリカの2つのルートから野球が伝わり、彼自身は日本のJICAの野球普及活動の中で野球を学んだらしい。ガーナでもやはりアメリカ野球はパワー重視、日本はテクニック重視だそうだ。ちゃんとした野球場もあるらしく、これもJICAが造ったと彼は言う。彼が住む首都アクラ郊外のTEMA地区にふたつアクラに4つの計6チームが現在この国で活動しているという。ブルペンで投げ込み、試合前のミーティングでも神妙な顔をして臨んだ彼だが、いざマウンドに登る大誤算だった。 先頭打者を打ち取ったものの、打では大活躍のサード・アミールの暴投で塁に出したが、その後をレフトフライに打ち取った。と、ここまでは良かったが、その後は死球を挟んで高知打線につるべ打ちをくらう。結局、1アウトを取っただけで、3安打1死球で4失点を喫すると、事実上の指揮をとる出合コーチは早々とヘンリーをあきらめた。高知ベンチからは「試合、終わんのかよ」というつぶやきさえ聞こえる。「彼からは闘志を感じなかったんです。せっかく日本まで来たのに、これまでもなにかと言い訳をしてはなかなかマウンドに登らなかったんです。それで、今日は何度も意思確認して送り出したんですが、このざまですから」 日本行きの切符を勝ち取ったヘンリー。高校を卒業したばかりで、大学に進学すべくスポンサーを探しているという。野球は、進学後も続けたいと言うが、大学進学もままならない状況では、日本の学生のように野球に専念はできないだろう。いまだ、各選手のポジションが確定せず、いろんなポジションを試合で試しているという西アフリカ軍だが、ヘンリーはマウンドを降りた後、一旦センターの守備位置に入った。しかし、打席には立たせてもらえず、代打を送られた。総勢11人で連戦をこなす西アフリカ軍はこの後メンバーのやりくりに苦労する。 2番手投手としてマウンドに登ったのは、3番サードでスタメンのブルキナベ(ブルキナファソ人)のアミール。その突っ立ったままのピッチングフォームは前足(利き手の逆の左足)に体重が乗らず、そえゆえスピードも乗らないものだったが、出合コーチいわく、「曲がらないスライダー」という落ちる球は、高知打線には今まで見たことのない「魔球」に見えたようで、この後、4回途中までの3イニング1/3で5つの三振を高知打線から奪った。試合後、三振を喫した2番ショートの大城選手は、「スライダーです。いい球でしたよ」とアミールの実力を認めていた。 先述の通り、打つ方でもアミールは魅せた。西アフリカ打線はこの試合、5安打だったが、その内2つは内野安打。うち一つは最初「エラー」と記録されたものが後で「ヒット」に代わったという「温情」の入ったものだった(私の目には最初からヒットでよかったような気もするが)。外野に飛んだ安打のうち、1本を放ったのがこのアミールだ。打球のスピードは高知打線のそれにとてもかなうものではなかったが、彼の打球はこの日西アフリカ打線が放ったもののうち一番美しいセンター前のものだった。 アミールの「遅球」にてこずっていた高知打線だったが、やはりそこはプロ、いつのまにか、その遅い球を引き付け、逆方向に打ち返すようになっていた。2回はゼロに抑えたアミールだったが、四球とエラーの出た3回は2塁打を含む2安打を喫して3失点。4回になると、完全に球が上ずり、ストライクが入らないようになった。外野手も飛んでくる大飛球はことごとくそらして傷口を広げてしまう。初めてのナイトゲームとあって外野手はボールの落下地点を完全に見誤っていた。 西アフリカベンチはたまらず、「唯一のプロ」、ラシィナをマウンドに送った。それでも、いわゆる「野手投げ」の彼の球は、簡単に打ち返されていた。 さすがに大差のついた後は、高知サイドは多少のボール球でも手を出し、西アフリカ軍を「援護」するが、それでも、悪球を無理やり叩いた力のない打球がセンター前に転がっていったりする守備範囲の違いは、スタンドからも一目瞭然だった。 大差がつくと野球経験の浅い西アフリカ軍の一番の課題である忍耐力のもろさが如実に出てくる。終盤は、手の届きそうな打球にわざわざ手を引っ込めたようにも見えるプレーが散見された。それでも、「点差は開くでしょうが、彼らのひたむきな姿はきっとお客さんに感動を与えてくれる」と言っていた高知球団の期待を感じたのか、西アフリカナインはアウトを重ねるべく薄暗いカクテル光線の中、白球を追った。 結局、彼らは21個のアウトしか積み上げることはできなかった。7回終了時点で8時半を回ったスコアボードはそれ以上アウトを刻むことはなかった。
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