デスパイネが所属するグランマは、本拠での2連戦を1勝1敗で終えて、シエゴアビラでの3連戦を迎える。 シエゴデアビラは首都ハバナの300キロほど南東にある同じ名の州の州都だ。位置的には、この国第2の都市、サンチアゴデクーバ近くにあるグランマとハバナの中間にある。州都と言っても、駅から延びる2本の線路に囲まれた小さな町で、30分も歩けば市街地の端から端に抜けてしまう。球場は街の西、線路を越えて少し行ったところにあり、ここを過ぎればもう馬が草を食む風景が広がる。 この日はあいにくの雨模様で、朝に降っていた雨がやんで、日が差し込んできたと思ったのもつかの間、3時前に球場へ向かおうと思ったら、再び小雨がぱらついてきた。街の中心の広場近くの宿から球場までは歩いても20分もかからないだろが、途中で本降りになったらたまらない。せっかくなので、馬車で行くことにした。これまで、いろんな国で野球を見てきたが、球場まで馬車で行けるのはキューバだけだろう。この国では、市内交通としてどの町でも馬車が走っている。 悪い予感は当たるようで、球場に着くころには本降りになっていた。それでも、馬車から見えるスタンドは、試合開始時間を間違えたのかと思うくらいの人であふれかえっていた。宿の女主人が、「早めに行きなさいよ。入れなくなるから」と言った通り、この雨模様にもかかわらず、試合開始2時間前に、すでにスタンドは鈴なりになっていた。 もっともこの田舎町の球場は、内外野とも同じ高さのスタンドがあるマタンサスのものとは違い、内野スタンドがあるだけ。それも1塁ビジター側のスタンドは、ベースまでしかなく、そのあとはポールまでの半分くらいに立ち見のための平らなスタンドがある。3塁ホーム側のスタンドでさえ、外野の半分くらいまでしかない。(球場のスコアボードには、もう1試合、ラ・イスラ対マタンサスの試合が掲示されていた) 到着と同時に雨は激しくなる。本降りというよりゲリラ豪雨に近い降りっぷりだ。赤土のグランドには見る見るうちに水が溜まっていく。それでも、早くから集まったファンは、やむに違いないと試合が始まるのを待っている。と言っても悲壮感はなく、場内に響き渡る音楽に合わせて体をゆすっている。 選手の姿は当然のことながら見えず、仕方なく球場を歩く。スタンドは3つに分かれていて、前がいわゆるボックスシート、中段が一般席になっている。上段は、完全に塀で仕切られていて、スタンドの裏の階段を上がって入るのだが、最上段の平らなスペースに何列か長椅子を置いている。もともとは物置か何かだったのだろう。殺風景なスペースの後ろは、その前より一段低くなっているのだが、そこに鉄パイプを組んで、木の椅子を置いている。 雨は降りやむことなく、試合開始1時間前になってもやまない。それでも、今度は、場内の音響を仕切るスタジアムDJが、音楽に合わせて客を盛り上げる。スコアボードには、もう一試合のマタンサス対イスラの特典が掲示されており、観客のボルテージは上がる一方だ。 そのうち、内野フィールドの土の部分が池のようになってきた。ここキューバの球場の土は、水はけのいい黒土などではなく、粘土質の赤土だ。雨が降りやんだとしても、それからグランド整備しても試合ができるとも思えない。それでも、スタンドに音楽は鳴り響き、ファンの足は家路に向くことはない。 試合1時間前になって選手を乗せたらしきバスが球場に入ってきたが、そのまま帰ってしまった。いよいよ中止は濃厚だ。しかし、試合30分前になって雨はいったん収まった。 グランドキーパーがフィールドに登場すると、場内は拍手喝采。しかし、むつかしい顔をして地面を見ていたキーパーが、大きく腕を振った瞬間、この日の試合のキャンセルが決まった。 その判断が正しかったことは、その直後から再び大雨が降ってきたことが示していた。ちなみにここでは入場券の払い戻しというのはなさそうで、翌日の試合、入場券売り場は閉まっていた。(最上階放送ブース周辺の雨水を書き出す球団職員)
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