「あの頃、ちょうどそういうの、あったんですよ。日本人の有望な選手もっていって、メジャーに売れねえかなって。俺がいたエルマイラ(パイオニアーズ)もそう。団野村さんが実質オーナーで、メジャーリーガーの野茂さん、伊良部さん、マック(鈴木)さんが名を連ねていた。あそこも日本人けっこう獲ってましたから。佐野滋樹(元近鉄など)さんもあそこでやってでしょ」 確かに1990年代の終わりから2000年代の初めにかけて、アメリカのマイナー、とくに独立リーグに日本人が集った時期があった。根鈴は2003年に、この年1年限りで休止したカナディアンリーグにも参加したが、実はこの年、日本からアメリカに渡ったアマチュア選手の数は激増している。彼らの行き先のほとんどはこのような新興リーグだった。「えっ日本でトライアウトあったの。そうだよな、そうでないとあんなに日本人来ねえよな。俺、全く別なんだよね。カルガリーまでテスト受けに行ったもん。1月に雪降ってる中、テストしましたよ。リーグができるって聞いて、レポート送ったんですよ。そしたら興味もってくれて、返事が来たんですよ。ほら、俺、3Aでやってたから。カナダ(のチーム)でもプレーしたって言ったら、目玉になるって。まあ、でも日本でテストやるってことは、やっぱりエージェントが絡んでんですよ。そうそう、あの時、リーグの偉いさんが日本人のエージェントとつながってて、それで日本人集めようと言うことになったんじゃないんですかね」 実際。カナディアンリーグに集まった日本の若者の少なからぬものは、プロとして箸にも棒にもかからないものだった。それでも根鈴は、そういうつかめない夢をだしに、若者をいいように使うリーグについても、無理を承知でアメリカにわたる若者についても否定的には捉えない。現在、独立リーグのシーズン前にプロへの夢をあきらめきれないでいる若者を集めた「ウィンターリーグ」などと称したトライアウトリーグがアメリカでは雨後の筍のように現れている。決して安くはない参加料を支払った彼らの行き先のほとんどは独立リーグである。「そこのだまし方は、俺たちの頃と今のは同じかと言うと、今の方が賢くなってるような気がしますね。でも今は、自分が判断できてるじゃん。で、一応30万払ってます。それでウィンターでは平等に試合に出れますって、出れるわけじゃないですか。で、そこで契約貰えますよって言ってみたら2週間でクビになる。そういうパターンも多いだろうけど、その2週間はチャンスがあったわけですから」 アメリカンドリームの反対側には、ドライなビジネスもまた横たわっている。そのレベルの低さから観客を思うように集めることのできないリーグの中には、「タックスプレーヤー」と呼ばれる「お客さん」を受け入れるところもある。彼らは、給料をもらうのではなく、リーグや球団に金を払って、「プロ」リーグに参加させてもらうのだ。これもまた、独立リーグの収益の方法なのである。これについても、根鈴はある程度仕方のないことと冷静にとらえていた。「まあまあ、選手からすれば、入り口とすればね、ありかな。プロと名がついていればねそこでプレーできんだから。そのあと続くかどうかは本人次第でしょうし。だからやっぱり、それこそ知恵つけてさ、向こうのリーグも知恵つけるよ。ビジネスなんだからさあ」 根鈴がアメリカにチャンスをつかみに行き、それにサムライたちが続いていた2000年代半ば、日本人選手によるマイナーリーグ挑戦のピークだった。サムライベアーズが1年限りで解散した後、彼らの夢への挑戦は、徐々に減少していった。日本のドラフトにかからなかった、あるいは日本のプロ野球をクビになる程度の実力のものにアメリカンドリームなどないことを選手たちも指導者たちも身に染みてわかったのだろう。そもそも、「ドラフト未満」の選手の行き先として国内に独立リーグができた。 しかし、2005年以降下り坂だった日本人によるマイナー挑戦の数は、2013年シーズンに再び急上昇している。実に12人の選手が日本でドラフトに漏れながらも、夢の続きを見るため海を渡ったのだ。そのことを話すと、根鈴は意外そうに、そうですかと返してきた。そして、そのうちマイナー、つまりMLB球団と契約した選手は何人か尋ねてきた。これについては、クリーブランド・インディアンスと契約を結んだ、高卒の選手がたった1人だった。MLB球団は、もはや、ドラフトに漏れるような日本のアマチュア選手に「金の卵」などいないことを悟っているのだ。「それって初めからマイナー(契約)なの?それならいい」 と言った後、それは野手でしょ、と続けた。徳島でのコーチ時代、スカウトがその選手について話していたことを思い出したようだった。「でも、残りの奴は独立でしょ」 その通り、最近では、メジャー球団は日本人アマチュア選手や独立リーガーには見向きもしない。にもかかわらず、彼らの渡米がやむことがないのは、彼らの受け皿ができつつあるからである。残り11人のプレー先は、ここ数年に立ち上げられた新興リーグだった。これらのリーグでは、シーズン中のプロ興業はむしろ本当の「お客さん」集めの「餌」で、オフシーズンに行われるトライアウトリーグが収益の柱になっている。彼ら「お客さん」は、これらのリーグのビジネスパートナーである「エージェント」を通して、リーグが主催する、もしくはリーグと提携を結んだトライアウトリーグに参加し、運よく独立リーグの球団と契約を結ぶことができれば、晴れて「プロ」選手として本場アメリカのフィールドに立つことができるのだ。シーズンオフの間にいくつか催されるトライアウトリーグに参加する数十名の日本人選手のうち何人かは、「プロ」契約を結ぶという筋書きは、このビジネスを続ける上で、当たり前のことなのは言うまでもないだろう。このプロリーグは、観客ではなく、選手たちに「夢」を売っているのだから。ある選手は、シーズン開幕早々にリリースされ、リーグの勧めるまま、再びトライアウトリーグに参加し、「プロリーグ」に復帰している。彼らが、「プロ」の勲章を得るために投資した額が、「プロ」として手にしたギャラをはるかに上回っているのは言うまでもない。彼らがトライアウトリーグ参加に要した数十万円に対し、彼らが晴れて「プロ契約」を結んで得る月給は、五百ドルを上回ることはほとんどない。 根鈴は、あれから9年経ったアメリカ野球の現実を聞いて、「金出しててる方もバカだよな」とつぶやき、少しおいてから、思い直したように続けた。「でも、昔のもっとひどいの見てると、今の奴らは、出した金に見合ったものは得てると思いますよ。だって、一応試合には出てるわけでしょ。それで、ダメならクビでしょう。ダメじゃないのにクビだったら腹も立つでしょうけど…」 確かに、エージェントの仲介でトライアウトリーグに参加し、独立リーグと契約を結んだ者の多くは、シーズン途中でリリースされ、そもそもほとんどは戦力にはなっていない。「だって、昔は、試合にすら出してもらえないで、金だけとられ損だったから。スカウトが来るよ、来るよって、実際は公園で練習してたりどとかだったんですから。それに比べれば、今の方が正当な騙され方って言うか、金の使い方っていうか…。だから騙されたって言っても、それはさ、そいつに実力があればまた変わってた話じゃない。神がかって1 試合4発ホームラン打てば、変わる話じゃない」そういう現状が、果たしていいのか悪いのか私にもわからない。ただ、現実に、多くの若者が見込みの薄い、というより実際には存在しない「夢」を追って毎年海を渡っている。そういう彼らのロールモデルに根鈴がなっていること、そういう時代の流れの源にサムライベアーズがあることは間違いないのではないか。この私見を根鈴にぶつけてみた。 根鈴は少し笑って続けた。「なるほどね。でも、ある程度自分に投資して、そこから上がってくっていうのは悪いことじゃないと思いますよ」(現在は野球塾のコーチをつとめる根鈴)
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