韓国には結構野球映画がある。昨年公開のこの映画もその一つだ。しかし、ただの野球映画ではない。なにしろプレーヤーとして登場する主人公がなんとゴリラなんだから。 中国のサーカス団が取り入れた野球を仕込まれたゴリラに目につけた韓国人エージェントがプロ野球にこのゴリラをスカウトするところから始まるストーリーは、単なる野球映画にとどまらない、東アジアを理解するのに十分なエーソスを含んでいる。 順風満帆のサーカス団を襲った不幸が大地震というのは、四川大地震を想起させる(製作者が意図していたかどうかはともかく、この省にはプロ球団四川ドラゴンズがある)。主人公のゴリラに救出された少女が、老団長亡き後、モンゴルと思しき場所で震災孤児を養うべく、サーカスを行なう中、借金取りが押しかける。ここに登場するのが、バットを手にボールを打ち返すゴリラの噂を聞いた韓国人エージェント。銭ゲバの彼の口車に乗せられてウブな少女が彼(ゴリラ)ともに韓国プロ野球に身を投じるのだが、彼はコミッショナーの大反対をよそに打席に立てばホームランという大活躍を演じ、たちまちのうちに国民的ヒーローになってゆく。 ゴリラが主人公という無理な設定から来る矛盾を突っ込むのは野暮というものだろう。それよりもこのストーリーが示すグローバル化する野球シーンにおける韓国野球の置かれている立場を味わいたい。そしてさらにいいのは、この従属的な立場をコミカルに映し出しているところである。これには私は舌を巻いた。 なかばだますように少女とゴリラを韓国に連れてきたエージェントの目指すところは韓国ではない。ゆくゆくは日本やメジャーにこのゴリラを売りつけようというエージェントに初めは反対していたコミッショナーも次第に食いついてくる。そして触手を伸ばす日本のプロ野球。これだけなら韓国野球の置かれている立場を示すだけなのだが、これだけでは動員は見込めない。主人公の「ミスター・ゴー」を獲得すべく来韓した日本の名門球団を手玉に取ろうとする韓国側に、最後は「土下座」する日本球団の代表団という韓国人には胸のすくうようなシーンも用意されている。これがあるからこそ最後の、ライバル球団の抑え投手(最高球速190キロ越え!)として中国人謝金取りが二匹目のどじょうを狙って送り込んだ、サーカスに残されたもう「一人」のゴリラとの大乱闘の後、「契約はなかったことに」と、ニヒルな笑いを浮かべ去っていく日本の球団も笑い飛ばせるのだろう。 巨人とともに、主人公の獲得に乗り出す日本球団が阪神ではなく中日というところは、それなりのリアリティをこのフィクションに与えるとともに、いかにも韓国という感じがするし(中日はこれまで日韓野球の橋渡し役を買っていた。映画の構想がもう少し遅ければ、これは阪神になっていただろう)、主人公の入団するチームが、名門でありながら近年今一つパッとしない斗山ベアーズ、そのライバルチームが新球団のSCダイノスというのも妙にリアリティを出している。これが強豪の三星ライオンズ当たりだと、ゴリラスラッガーの入団も一笑に付されるだろう。それに加えて、ゴリラであろうとも、「売れるものは売って」一攫千金を目論むブローカーまがいの代理人。これもまた韓国野球の現実なのだろうが、こいつが最後は金儲け抜きに少女とゴリラに共鳴するところがまた泣かせる。 ハッピーエンドの筋書きが見えてしまうアメリカ映画でもなく、時として息が詰まりそうな善意にあふれた日本の野球映画でもなく、奇想天外なストーリーを展開しながら、金銭が絡むプロ野球を通じた人間模様をおもしろおかしく語るこの映画は、これまでにない、韓国ならではの作品と言えるだろう。 ストーリーに加えて、CGを駆使したスタジアムシーンを魅せられると、あの熱狂的なスタンドの風景を味わいたくて、久々に韓国の球場に足を運びたくなってしまう
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