最近俺はTwitterのフォロワー仲間に触発されて、「ask.fm」というサイトをよく使っている。これは簡単に言うと、ユーザーが他のユーザーに匿名若しくは名前を明かしたうえで様々な質問をし、問いを投げかけられた側がそれらに答えていくというものだ。仕事で忙しい時には、質問を投げかけられてもすぐに返事ができない時も多々あるんだけど、サイト自体は使っていて非常に面白い。欧州野球ブロガーという立場上、国際野球絡みの質問をされることがやはり非常に多いんだけど、情報源として自分が必要とされてるのかな、という感覚をもてたりもして嬉しくもなったりする。 そのask.fmで最近聞かれることが多いのが、「この国の○○という海外領土では野球は盛んなのか」という質問だ。敢えてこの場を借りて晒してしまうと、例えば最近された質問の中には「WBC予選のイギリス代表には、イギリス領アンギラ出身のエスティーブンソン・エンカーナシオン投手がいたが、これはイギリス領アンギラでも野球が盛んだということなのか?」というようなものもあった。おそらく、オランダの海外領土であるキュラソーからあれだけ有力選手が出ているので、他の欧州諸国にもそういう「供給基地」的な場所があるんじゃないか、というのを知りたがっての質問なんだと思う。 もちろん、俺自身もキュラソーのような事例が他の国にも存在するのであれば、それは非常に面白いしロマンを感じることだと思う。ただ身も蓋もないことを言ってしまうと、俺だってまだまだ知らないことはたくさんあるし、リサーチしきれていない分野も少なくない。とても興味深い質問を投げてくれたことには大変感謝しているけれど、まだ質問者が期待しているような答えを投げ返せるまでには至っていない。そこは申し訳ないが容赦してほしいといったところだ。 エンカーナシオンが生まれたアンギラでどれだけ野球がプレーされているのか、そこについてはまだ自分はきちんと状況を確認できているわけじゃない。とはいえ、何はともあれそこから野球の国家代表選手が生まれたという事実は、とても興味深いものであるのは間違いないと思う。なぜ野球イギリス代表選手がアンギラの地から生まれたんだろう。たまたまエンカーナシオンが物凄く幸運で、自分のポテンシャルを本格的に開花させる機会に恵まれたのか?それとも俺たちが知らないだけで、実はアンギラには野球選手として大成できる土壌が存在しているのか? これはあくまでも個人的な推測にすぎないけれど、俺はこの「鶏と卵」の議論にも似た命題については、前者の解がより正確なんじゃないかと思っている。エンカーナシオンがプロ入りするまでの経緯は詳しくは分からないものの、2011年からMLB傘下でプレーしていることは確認できる(http://www.baseball-reference.com/minors/player.cgi?id=encarn000est)。とはいえ、2013年時点で人口約1万5000人の島に過ぎないアンギラに、MLB傘下でプレーできるだけの選手を育てるエリート教育の拠点が備わっているとは考えづらい(少なくとも俺は聞いたことがないし、そんなものが仮に存在するならとっくにニュースになっているはずだ)。高校生の時に渡米して、アメリカの高校に入った等のパターンの方がよほど自然だろう。 しかし、例えマイナーリーガーでもプロとアマチュアの力量差はまさに歴然だ。言葉は悪いけれど、アンギラにさえMLB傘下でプロ野球選手になり、さらに国家代表選手にもなるようなアスリートがいるのだとすれば、実はある特定のスポーツがある特定の国でメジャーであるのか否かと、そのスポーツで大成しうるだけの才能が生まれてくるか否かの間には、実は大して相関関係なんてないんじゃないかと思えてくる。いや、正直に言えば俺はその2つはむしろ、一致しないケースの方が多いと思っているんだ。 以前も書いたかもしれないけれど、どんな国にもアスリートとしての優れた才能を持った人間はいるし、その才能がうまいこと野球に向いているものだったというケースも、確率の問題として必ずあると俺は考えている。例えばアフリカにも、足でボールを扱うのは下手だけど腕っぷしや肩は強いとか、重い物を持ち上げるのは得意だとか、水中を泳がせたらめちゃくちゃ速いとか、そういう特別な才能を持っている人材は必ずいるはずなんだ。 一般社会でも人それぞれ得手不得手があるのと同様、アスリートにも生まれつき得意な競技とそうでない競技とがある。その理屈でいえば、例えばMLBで盗塁王を獲得するナイジェリア人やジャマイカ人のスピードスター、来日1年目で最多勝と沢村賞をかっさらうロシア人やアイルランド人の本格派右腕、CPBLで本塁打王に輝くエルサルバドル人やコスタリカ人のスラッガーが実在しても、何らおかしな話じゃないんじゃないか? でも、実際には残念ながら俺のこうした主張は鼻で笑われてしまうであろうほど、現実味の薄いおとぎ話に過ぎなくなっている。それは、ここに挙げた国々にはそれを開花させる環境が十分にないために、選手として大成する機会がどうしても少なくなってしまうからだ。せっかく野球選手としての優れたポテンシャルを持っていても、たまたまそれを花開かさせる術を知らない国に生まれてしまったがために、大物になり損ねたまま消えていく。これは野球界にとってもスポーツ界そのものにとっても大きな損失だ。 だからこそ今の野球界には、どうしてもクリアしなければならない命題が2つある。まず(最終的に選手自身が野球を選ぶかどうかは全くの別問題として)、どの国においてもある程度野球がスポーツの選択肢として存在感を持てるようにすること。そして仮に幸運にも野球が選ばれた時には、例えどの国や地域で生まれようとも外部要因(用具が自分の国で気軽に買えるかどうかなど)に左右されることなく競技に打ち込むことができ、己の才能と努力次第で世界最高峰にも手が届くような環境を形作ることだ。 それを達成するためには、様々なミッションを解決していく必要がある。野球競技そのものの認知度を各国の社会の中で高めていくこともそうだし、草の根の競技人口を増やしていくこともそう。有望な若手を育成するためには、育成拠点となる本格的なアカデミーを持つ国をもっと増やすことが必要だろう。当然、世界中全ての国にアカデミーを備えることは到底不可能だから、その時にはアカデミーがない国々の選手たちの橋渡し役となるエージェントの力がものを言ってくる。気軽に自分の国で野球用具を購入できるよう、流通体制の構築も必須だ。 もちろん、これを全部達成しようと思ったら相当な時間と手間、お金がかかることは覚悟しなければいけない。西暦2064年、76歳になった俺が老人ホームかどこかのテレビでヨーロッパの野球中継を見ながら、何気なく目を落としたタブレット端末で「中東野球リーグで球宴5度選出のイラン人スラッガー、ついにMLB移籍へ」のニュースを眺める。そんな光景がもし日常になったりしたら、それを味わえる50年後の俺や他の野球ファンたちは相当幸せかもしれないよ。 原石を1つ1つ拾い上げ、磨き上げて輝かせる作業はとても地味だし根気がいる。そもそも、今の野球界はその工房を整備するところから始めなければいけないのだから、なおのこと大変だ。とはいえ、俺たちが愛するこの競技の将来のためには、例え茨の道であっても取り組む価値も必要性もあると俺は思う。少なくとも、俺がそもそも2064年まで生きていられる100%の保証がないのと同じように、才能を花開かせる場が環太平洋地域に極端に偏っている今の在り方のままで、野球がずっと生き残っていける保証なんてどこにもないんだからね。 アンギラからMLB傘下入りを果たせたエンカーナシオンは、もしかしたら様々なめぐりあわせに物凄く恵まれたのかもしれない。でも今までの野球マイナー諸国には、彼が手繰り寄せた幸運のほんの一部にも巡り会えないまま、アスリートとしての適齢期を過ぎてしまった無名戦士たちが山ほどいるはずなんだ。そのような才能の浪費が今まであったことは仕方ないとして、これからはてっぺんを志す選手たちには出身国に関係なく、純粋なアスリートとしての能力に応じてチャンスを与えられるようにすべきだと思う。野球は日本やアメリカだけで回ってるんじゃなく、この星の上に暮らす全ての野球好きたちの物なんだからね。
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