昨年は本ブログをご愛顧いただきありがとうございました。本年も何卒宜しくお願い致します。現在日本の野球界はシーズンオフということもあり、選手の移籍や新外国人の獲得、そして自主トレなどが話題の中心となっております。ここ何日かはFA移籍に伴う人的補償がホットな話題となっていましたが、西武ライオンズが補償選手2名を指名したことで、この話題も収束に向かっていくものと見られます。すると、移籍に関する大きな話題は田中将大のアメリカ球界挑戦くらいとなります。日本球界からアメリカ球界への挑戦と関連してよく言及されるのが日本球界における投手の酷使問題です。最近もこんな記事がありました。記事の内容の是非はさておき、日本球界で投手が酷使されるケースがあるという見方がアメリカにあることがわかります。しかしそのような投手酷使は日本特有の問題なのか。日本ではあまり話題として挙がりませんが、同じ東北アジア圏に属する韓国の場合には同様の問題が存在するのかという点が気になりました。プロ野球の事例を考察する前に、今回はアマチュア野球の事例を報道記事で確認してみます。日本では昨年、済美高校の安樂智大が春の選抜大会で3連投を含む5試合に772球も投じたことが問題視されました。では韓国の高校野球に関してはどうかというと、昨年5月に次のような記事が英語で書かれました。
Korean high school pitcher averaging 139 pitches per game
大邱のサンウォン高等学校3年生のイ・スミンが週末リーグ(慶尚圏)5試合及び、金獅子旗(週末リーグの各ブロック上位チームによるトーナメント)2試合の合計7試合で1試合当たり139球投げたことに関する記事です。これは聯合ニュース英語版の記事を引用して書かれたものですが、韓国国内メディアもイ・スミンの投球を酷使として扱い、関連する議論を取り上げました(以下、引用記事は韓国語です。リンクをクリックすると韓国語のページに飛びます)。「高校ドクターK」イ・スミン、178球酷使論争の繰り返し(原タイトル:'고교닥터K' 이수민, 178구혹사논란되풀이)
http://sports.media.daum.net/sports/newsview?newsId=20130520060104688
1試合に178球投げて…「未来のリュ・ヒョンジン」酷使(原タイトル:한경기 178개던져…‘미래의류현진’혹사)
http://www.munhwa.com/news/view.html?no=20130520010727333180080イ・スミンは2013年5月19日の金獅子旗2回戦のプギル高等学校戦、9回2/3を1失点で敗戦投手となりましたが、178球を投げています。また、1週間前の金獅子旗1回戦チェジュ高等学校戦でも150球完投をしており、その前には金獅子旗の代表校選出の予選にもなっている週末リーグで5試合43回2/3、649球を投げました。今回の件が酷使として注目された理由のひとつとして、イ・スミンへの期待の高さを挙げることができます。イ・スミンは2年の時から既にU-18韓国代表に選ばれており、高い奪三振率を誇る左腕であることから、リュ・ヒョンジン2世との呼び声まで出ています。2013年4月7日には1試合26奪三振(延長10回)で韓国の高校記録を樹立しました。なおイ・スミンはこの後に開かれたドラフトでは、縁故地域に基づく1次指名(7月1日に開催。各球団1名)でサムソンライオンズに指名されています。そして聯合ニュース英語版の記事で安樂智大にまで言及している点も興味深いです。同じアジア地域である日本において高校生投手の酷使問題が波紋を呼んだこともこの記事が書かれた背景にあるのかもしれません。ただ、このような議論は今年に入って突然起こった訳ではありません。2006年には次のような記事も出ています。
1試合に226球投げて…高校野球投手の酷使論争(原タイトル:한경기공 226개던져…고교야구투수혹사논란)
http://www.hani.co.kr/arti/sports/baseball/129243.htmlこれはキム・グァンヒョン(現SK)がアンサン工業高等学校時代に2日間で226球を投げた(延長12回で決着がつかず、翌日13回から再開された試合でもキム・グァンヒョンが続投した)ことを問題視した記事です。キム・グァンヒョンはその前の試合でも9回148球を投げていました。この記事にはKBA(大韓野球協会)の広報理事のコメントが載せられています。「若い選手達を保護するために、全国大会の縮小と投球数の制限を以前から検討してきたが、第一線の学校と主催者の反発で推進できずにいる」「全国大会8強に入らなければ大学の特技生進学資格が与えられない現実で、特定の投手酷使はどうしようもない現実だ」また同記事ではLGツインズのスカウト課長が次のように述べています。「高校チームの立場では仕方のない選択であろうが、若い選手達の酷使を防ぐためには協会が制度的に投球数を制限する方法しかない」キム・グァンヒョンの投球は政治家にまで波紋を投げ掛けました。ノ・フェチャン『「高校投手酷使」人権委で調査しなければ』(原タイトル:노회찬"'고교투수혹사' 인권위서조사해야")
http://news.hankooki.com/lpage/politics/200606/h2006061807300921000.htm当時、民主労働党所属の議員だったノ・フェチャンが国家人権委員会に酷使問題を調査するよう陳情書を出すと言った内容の記事です。ところがこの翌年にもチョンジュ(全州)高等学校のチャン・ウラムが2日間で18回216球を投げた(延長12回で決着がつかず、翌日13回から再開された試合でもそこまでノーヒットピッチングだったチャン・ウラムが続投した)ことによって、再び投手の酷使が問題になりました。[高校野球]全州高チャン・ウラム、18イニング完封勝利…「酷使論争」(原タイトル:[고교야구] 전주고장우람, 18이닝완봉승… '혹사논란')
http://news.hankooki.com/lpage/sports/200708/h2007081219362722920.htm学期中の平日に試合が行われると、学業への支障と選手酷使の問題が生じるため、2011年からは大会数を減らし、代わりに週末リーグ制を開始しました。しかし登板間隔が空くことによってエースを起用しやすくなり、チーム事情によっては特定の選手に負担が集中するという問題も生じました。イ・スミンの酷使問題も週末リーグ制を実施している状況下で起こったものです。選手への負担は試合だけではありません。日々の練習も酷使に繋がる恐れがあります。次は高校球児酷使の実態調査に関するKBOの発表に基づいた記事です。スポーツセンターQ ―高校野球選手酷使の実態(原タイトル:스포츠센터Q - 고교야구선수혹사실태)
http://sbsespn.sbs.co.kr/news/news_content.jsp?article_id=S10004838732
2013年の新人指名選手を対象としてKBOは健康状態の調査を実施しました。それによると、手術歴や痛みがない選手は41名中4名しかいませんでした。投手に関しては調査対象の65.9%が痛みを我慢して投球したことがあると答え、冬季のトレーニングの1日平均投球数は162.5球であり、半分近くの選手が寒い日に無理に投球をしたことがあるという結果が出たそうです。以上のように、韓国においてもたびたび高校生投手の酷使が議論されてきましたが、現場のトップはどのように考えているのでしょうか。今年2014年からKBOの2軍戦に参加し、2015年シーズンから第10の球団として1軍に参入するKTウィズのチョ・ボミョン(もしくは「チョ・ボムヒョン」)監督は、酷使を考慮して新人選手のトレーニングにかなり慎重な姿勢で臨んでいます。チョ・ボミョンKT監督、エース酷使にため息(原タイトル:조범현 KT감독, 에이스혹사에한숨)
http://living.joins.com/News/article/Article.aspx?tm=livctg=&total_id=13142311新球団であるKTは1次指名に先立ってケソン高等学校のシム・ジェミンとプギル高等学校のユン・ヒウン(ともに投手)を指名しました。また1次指名ではキョンブク高等学校の投手であるパク・セウンを指名し、8月26日には2次指名の2順目でグンサン商業高等学校の投手であるチョ・ヒョンミョン(新球団であるKTは全球団が1順目指名を終了した後、2順目の指名に入る前に特別に5名を優先指名しているが、その5名は全員野手)を指名しました。ところが、この4名の投手に加えて、2次指名1順目に指名した東国大学校の投手であるコ・ヨンピョの計5名が、酷使のため体調に不安を抱え、トレーニングよりリハビリを優先しなければならない状況だという内容が上の2013年11月15日の記事に書かれています。肘の手術を受けたシム・ジェミンを除けば、無理をさせず十分に休息させた後にトレーニングを行う方針と考えられますが、学生時代の酷使にはかなり気に掛けている様子です。チョ・ヒョンミョンの場合は、ドラフトで指名された後に開催された鳳凰大旗全国高校野球大会と全国体育大会でチームを優勝に導く投球をしています。記事ではチョ・ボミョン監督が全国体育大会に出場するチョ・ヒョンミョンを心配していたという内容が書かれています。全国体育大会でのチョ・ヒョンミョンの登板日とイニング数、投球数を挙げると次のようになります(KBAのサイトを参照)。
10月19日 9回 89球
10月21日 6回2/3 113球
10月23日 4回1/3 60球
10月24日 9回 158球週末リーグとは違って短い日程の中で投球しており、連投となる最後の試合では158球を投じています。チョ・ヒョンミョンの身体の状態がよくないと判断したチョ・ボミョン監督は投球数を聞いた後、無条件休みなさいと注文したそうです。チョ・ボミョン監督は次のように発言しています。「選手達はアマチュア時代、緊張の中大会を行い、プロに指名されて緊張が解けている。するとその間酷使された身体に明らかに異常信号が出てくる。しかし若いためわからずにいて、より大きな問題になる場合が多い。」「隠れた負傷が最も恐い。今、我々には選手ひとりひとりが大切だ。隠れた負傷なく選手の体調管理をうまくやっていく。」チョ・ボミョン監督のような考え方がある一方で、「投球数?そんなもん知らん、若いもんは投球のバランスが悪いからあかん。」と言う監督もいます。日本でも有名なKIAタイガースのソン・ドンヨル監督です。高校投手の酷使論争?ソン・ドンヨル監督「俺の考えは違う」(原タイトル:고교투수혹사논란? 선동렬감독“내생각은달라”)
http://www.sportsworldi.com/Articles/Sports/BaseBall/Article.asp?aid=20130521005152&subctg1=05&subctg2=00&OutUrl=Zumイ・スミンの酷使問題については、「私がクァンジュ一高の時は300球ずつ投げても異常なかった。」と一蹴し、最近の選手が100球を投げると目に見えて球威が落ちることについては、「若い子たちは力だけで投げているからだ。スプリングキャンプの時に新人たちに限界投球数投げてみろと言ったら200球を超えない。」「下半身を利用して投げたら300球も可能だ。」と答えています。ソン・ドンヨル監督は韓国の現役時代11年間で367試合1647イニングを投げ、防御率1.20、146勝40敗132セーブ、68完投29完封という圧倒的な成績を残しました。現役時代に捕手だったチョ・ボミョン監督と、どんな起用でも結果を残した大投手ソン・ドンヨル監督では考え方が大きく違うようです。ソン・ドンヨル監督はサムソンの監督時代にはブルペンを整備して先発と中継ぎの分業化を進め、先発投手の負担軽減に成功しました。一方でKIAのブルペン陣が崩壊した2012年には4試合連続完投勝利という采配も振るいました。サムソン監督時代のブルペン整備に関しては、先発投手の負担軽減という目的もあったとは思いますが、単に中継ぎ投手の立場に立てば先発投手を信用できないというだけだったのかもしれません。KIA監督時代の4試合連続完投勝利という事態は、先発投手の立場から見て中継ぎ投手を信頼できなかった結果起こったのかもしれません。この時、4戦目の先発ソーサは実に150球を投じました。ソン・ドンヨル監督は先発、中継ぎの双方苦労を知っていると同時に、双方の立場での自負心も持ち合わせているのではないでしょうか。最後に2013年度の高校野球ドラフト上位指名者の投球数を見てみましょう。ここではKTの特別指名選手と1次指名で各球団に指名された選手、そして先ほど取り上げたチョ・ヒョンミョンを扱います。名前が太字の選手は2013年 第26回U-18野球ワールドカップに選出されたことを表しますが、表ではその時の投球数が含まれていません。また「チームにおけるイニング消化率」の項目はその選手の投球イニングをチームの総投球イニングで割ったものです。イ・スミンだけが1試合に平均100球以上投げている計算になります。さて、いつもの如く冗長になりましたので、まとめです。今回は韓国における高校生の投球が酷使として扱われているかどうか、主に韓国での報道を追っていく形で確認していきました。その結果、1試合で100球を大きく超えて投げる事例が確認され、高校生投手の酷使問題が長年議論になっていることがわかりました。プロの現場ではKIAソン・ドンヨル監督のようにそこまで問題視していない立場もあれば、学生時代の酷使を前提として新人選手を慎重に扱うKTチョ・ボミョン監督のような立場もあるようです。多くの記事で述べられていますが、高校時代の活躍がプロ球団との契約や大学進学に関わってくるため、酷使を制限するような規定の整備は困難であり、このような論争は今後も続いていくものと考えられます。最後になりましたが、今回の記事では日本の事例と韓国の事例を比較してどちらの方がより深刻だとか、そういうことは扱いませんでした。例に挙げたチョ・ヒョンミョンのような連投は日本でもよくある話とは思いますが、日本の事例は挙げていません。大会を目指す野球部が約60校の韓国高校野球を日本の高校野球と単純比較するのはなかなか難しいものがあります。60校だと日本なら地方の県大会出場校数くらいでしょうか。あくまでも、韓国で韓国の高校野球をどのように見ているのか、という視点から書いたものです。次回は韓国プロ野球で投球数の多い投手に関して考察していこうと思います。
↧