前回紹介した底辺リーグの観客は1試合2、300人ほどだという。一般に独立リーグの球団が維持していくには3~5000人くらいの入りは必要だと言われている。幅があるのは、選手のギャラにもいろいろあるからだ。あとは、客の入りが少々悪くても、スポンサー収入の多寡や、球場の使用料などによっては、十分に黒字にすることができる。ただ、一つ言えることは、選手のギャラはそのプレーレベルに比例し、これが結局のところ、観客動員にも跳ね返ってくるということだ。 それにしても、2、300人というのはあまりに少ない。300人から1000円の木戸銭をとっても、1試合30万円にしかならない。プロでは1試合でだいたいボールを100球使うというからこれだけで10万円。数百人しか観客を集めることのできないチームにそうそう大口のスポンサーつくわけなどないから、広告収入もしれているだろう。同じ理由で、物販も多くは見込めない。こんなリーグが、なぜ存在するのだろう。 このような底辺リーグの中で、一番古いのが、ニューメキシコ州を中心に展開されているペコスリーグだ。2011年に創設というからすでに5年目である。このレベルのリーグとしては驚くべき長寿である。ただし、ここも決して客の入りがいいわけでなく、このリーグのチームの地元に在住し、球場にもよく通っていたという日本人の話だと、運営もひどいレベルらしい。それでも毎年、このリーグには日本人選手が在籍し、今年も2人の日本人選手がプレーしていた。ドミニカ、ベネズエラと言った野球選手の送出元からも10人の選手が参加していたが、彼らの経歴を見ると、ほぼ全員が、アメリカのマイナーで使い物にならなかったものである。 このリーグの名を検索すると、多くの日本語ページに当たる。強力なスカウト網をもたないアメリカ独立リーグは、シーズン前のトライアウトを行うのだが、このリーグの場合、トライアウトを一つの商品にしているようで、シーズン前に参加有料のトライアウトリーグを行って選手を選別しているのだ。このビジネスのお得意さんが日本人のようで、このトライアウトを日系のスポーツマネジメント会社が取り次いでいるようだ。 このようなトライアウトリーグの話は、ちょうどペコスリーグができたころから聞こえてくるようになった。参加費は、1か月弱で30~40万円。日本人の場合、これに往復の航空運賃がかかってくる。要するに、これら底辺リーグは、シーズン中のプロ野球興業ではなく、シーズン前のトライアウトリーグで儲けていると言っていいだろう。 ちなみに、このリーグの最低報酬は、なんと月給200ドル。大学生の小遣いみたいなものだ。ポジションを獲得すれば、400ドルになるらしいが、それでもプロ選手へ報酬と言えるレベルではない。それどころか、報酬ももらえないことも珍しくなく、正式契約前にテスト代わりに公式戦に出場してもギャラは出ないし、スポンサーが撤退して、ない袖は振れぬとばかり、給与支払いがなくなったりすることもあったという。すごい話だが、アメリカ独立リーグではこんなことは別段珍しいことではない。 それでも、若者たちは、夏になるとこのリーグに集って汗を流す。私は、このリーグも実見したことはないのだが、一度足を運んで彼らのプレーを目にしたいと思っている。もうひとつの底辺リーグが、パシフィック・アソシエーションだ。創設は2013年だが、その原型はそれ以前にさかのぼることができる。2011年に、アメリカでは独立リーグの再編が行われ、主要チームにアメリカン・アソシエーションに去られてしまったノーザンリーグのレイクカウンティが、「弱小リーグ」だった、ゴールデンリーグ、ユナイテッドリーグと合流してノースアメリカンリーグを結成したのだが、これも2シーズンで破たんし、結局、テキサスを地盤とするユナイテッドリーグと、カリフォルニア・ハワイに展開されるこのパシフィック・アソシエーションに分裂したのだ。ちなみにユナイテッドリーグは、昨年限りで廃絶してしまったが、このリーグはオフシーズンに加え、シーズン中も事実上のファームリーグとしてトライアウトリーグを運営していた。ここまで来ると、プロ野球興業が主ではなく、トライアウトリーグが本業のようなものだ。日本のある「スポーツマネジメント会社」このリーグが運営していた、アリゾナウィンターリーグは来年も行われるらしい。おそらくは、来年はこれの参加者の受け皿として、またどこかに底辺リーグができることだろう。 パシフィック・アソシエーションに話を戻すと、ノースアメリカンリーグからの分離当初は、サンフランシスコ周辺の2チームとハワイの2チームで構成されていたが、アリゾナのフリーダムリーグ(2013年限りで消滅)との交流戦などもあり、遠征費がかさんだこともあって、ハワイの2チームが撤退してしまった。 この年、2013年のリーグ戦は、フォーマットや参加チームもシーズン始まってからコロコロ変わるという体たらくで、ハワイの両球団をもつオーナー会社は破たん寸前で、給与の遅配は当たり前で、実際には行われなかったが、選手による試合のボイコット騒動まであったという。選手の平均報酬は月650ドルというが、実績のない選手などは月300ドルしかもらえないこともある。 今年は、各チーム78試合の4チームによるリーグ戦をなんとか行い、シーズンを無事終えることができるようだ。このリーグでは毎年、元レッドソックスの投手、ビル・リーの「1日現役復帰」が高齢になっていたが、60歳を超える老人を客寄せのためにプロリーグでプレーさせ、さまざまな「プロ世界記録」を更新させるやり方には批判もあったのか、これは今年は行われなかったようだ。 正直なところ、プレーレベルだけ考えれば、底辺リーグは木戸銭を払って観るようなものではない。しかし、こんなところでプロ野球をやっているのかと驚くような粗末な球場でひたむきに見果てぬ未来を夢見てプレーする選手の姿は、時として美しくも見える。また、少ないながら地元チームを応援する熱心なファンの様子を見るのもまた楽しい。そしてなによりも、野球がなければ絶対に訪れることはないであろう、アメリカの田舎に足を運ぶという体験は、ディズニーランドや自由の女神といった「表のアメリカ」ではない、アメリカを見ることができ、それはそれでなにものにも代えがたい。 今私は、アメリカプロ野球の全選手の出身国を調べている。その際に、各々の選手の出身地もわかるのだが、その中にかつて独立リーグの球団があった町の名を見つけることがある。彼らは、おそらく無名の選手たちが懸命にプレーする姿をかつてスタンドから観たことだろう。彼らの姿が、時を経て、受け継がれて行くところに野球の母国、アメリカの奥深さがある。 その実力はピンキリではあるが、独立リーグというプロ野球は確実に、野球の裾野をげている。
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